日本の呪術の歴史~シャーマニズム・通力における国家 VS 民間

日本の呪術の歴史

数日前に、中村雅彦「呪いの研究」について書きましたが、
そもそも日本の呪術には歴史があります。

日本にも、太古の頃より自然崇拝(アニミズム)があり、
自然の霊と一体となったり、使役して、
呪術を駆使していたといいます。
シャーマニズムですね。

邪馬台国の卑弥呼はシャーマン政治家だった

邪馬台国の卑弥呼は、シャーマンだったことは有名です。
中国の三国志時代の史書「魏志倭人伝」には、
「鬼道に巧みだった」とあります。
これまた有名な話しですね。

いわば政治家がシャーマンだったわけですね。
一国の首相、統治者がシャーマンだった。

わかりやすくいえば安倍首相がシャーマンであるようなものです。
国の舵取りを、霊感で決めていたということです^^;

これを苦笑するのか、それとも深遠さを感じるのかは
感性や価値観の違いになるでしょう。

日本の歴史には、非常に深いところに
シャーマニズムの文化が色濃くあります。

物部氏は饒速日命伝来の原始神道を守ろうとした(飛鳥時代)

そんなシャーマニックな歴史のある呪術。
6世紀の飛鳥時代になると、蘇我氏が仏教を輸入。

一方で、物部氏は古代からの原始神道を信仰。
物部氏は、饒速日命(に ぎはやひのみこと)伝来の
「十種神宝(とくさのかんだから)」を信奉していたといいます。

「十種神宝」はシャーマニックな原始神道ともいわれていますが、
その実体は明らかになっていません。

修験道の開祖「役小角」が登場(飛鳥時代)

で、6世紀に日本に仏教が伝来しても、民間レベルでは相変わらず、
山林修行を中心とした山岳信仰や自然崇拝信仰が続きます。

こうした流れの中、7世紀後半の飛鳥時代には、
「役小角(えんのおずの)」が登場。
修験道の開祖となります。

「役小角」はパワフルなシャーマンであり、超能力者です。
通力を巧みに使い、全国にも「役小角伝説」が広がります。

呪禁師・陰陽師の登場(飛鳥時代)

で、飛鳥時代は、国家も呪術や通力を取り入れようとしていました。
それが「呪禁師(じゅごんし)」と「陰陽師(おんみょうじ)」です。

飛鳥時代の国家には「呪禁師(じゅごんし)」と呼ばれる
病気治療や祈祷をする国家公務員がいました。
呪禁師とは「呪文」や「まじない」によって、現世利益をかなえる公務員です。
中国の道教系の方法を使っていたといいます。
霊能者ですね^^;
霊能者が仕事の公務員。

また「陰陽師」も登場します。
陰陽師は平安時代の安倍晴明が有名ですので、平安時代の印象がありますが、
飛鳥時代に制定されています。
呪術を専門とする国家公務員です。
陰陽師は、複数の職務もあったようですが、「占い師」であり「天文学者」。
要するに占い師の国家公務員です。
 

呪禁師は、霊能者の公務員。
陰陽師は、占い師であり天文学者。

そんな違いもありますが、民間の呪術やシャーマニズムに対抗するためか、
国では「呪禁師」や「陰陽師」という公務員を設けて、
呪術やシャーマニズムの体現を目指そうとしていました。

てか、当時は呪術や通力は、最先端の医療行為でもあり、科学でもあったのでしょう。
そういう認識だったと思いますね。

僧尼令は民間のスピリチュアルや宗教活動を禁止する法令(奈良時代)

で、奈良時代になると「僧尼令(そうにりょう)」という法令が登場します。

この「僧尼令」は、学校の歴史でも習っていますが、
勝手に僧侶になる私度僧や、
民間人が民衆を教化する啓蒙活動の禁止、
また山林での修行やを禁止するのが狙いです。

今でいえば、民間人が行うスピリチュアルや宗教活動、
自己啓発を禁止したということですね。

 

とはいっても、僧尼令の実体は、それほど厳しくなかったようです。
ガイドラインのようなものですね。
また本当は、税金逃れをする人を取り締まるのが狙いだったといいます。

僧尼令はゆるい法令だったとしても、
「国家呪術師 vs 民間呪術師」の構造が見え隠れします。

ちなみに明治時代には、「宗教弾圧」に近い法律が登場しています。
それが「修験禁止令」「警察犯処罰令」です。
民間人のスピリチュアルを全面的に禁止しています。

天皇になる寸前まで登り詰めた超能力者・道鏡が登場(奈良時代)

そんな奈良時代ですが、この時代には道鏡が登場します。
道鏡もまた山林修行をした人で、その修行の甲斐があって通力を持つようになります。

で、その通力で、時の孝謙上皇の病気を治してしまいます。
で、寵愛を受けるようになります。

で、孝謙上皇は道鏡をひいきにして、国の中枢を担わせるようになります。
ガンガン出世していくんですね。
通力を使ったのでしょう^^;

で、宇佐八幡宮の神さまから、「道鏡を天皇にせよ」というご神託が降りたとかで、
ついに道鏡は、皇族になり天皇になろうとするところまで出世しまくります。

が、貴族の一人が「宇佐八幡宮の神託はインチキだ!」と騒いだことによって、
道鏡が天皇になることはなかったと。

これはおそらく「一般人のどこの馬の骨ともわからない平民の分際で、
天皇になるのはけしからん」という、
貴族の歪んだプライドがあったのではないかと。
当時の人間心理を彷彿とさせるエグいエピソードです^^;
 

道鏡の話しは、学校の歴史でも学ぶ有名な話しですね。
で、道鏡は色仕掛けをして、孝謙上皇の寵愛を受けたとされています。
が、それだけではないでしょう。

やはり「通力」です。
超能力。
道鏡は、通力によって朝廷に入り込み、異例の出世をし続けたんだと思います。
いわば通力で「現世利益をかなえた」典型的なモデルですね。

道鏡事件は日本の呪術・シャーマニズムの歴史を変えた

道鏡が天皇になろうとしたことは事件だったようです。
貴族らにもインパクトを与えた。
だからこそ、その後、国家(貴族)は道鏡のような人間を恐れた。

道鏡のようなパワフルな超能力者を民間から輩出し、
国家を脅かすようなことがあってはならない。

道鏡の事件の以降、国家は、民間人が呪術を行ったり
通力を体得することへの警戒し始めた形跡があります。

と同時に、国家が呪術を取り入れて、呪術の権威になろうとします。
それが平安時代の「密教」の採用と台頭です。

道鏡が天皇になろうとした事件は、日本の呪術・シャーマニズムの歴史を変えます。
ターニングポイントだったのですね。

実は。
それくらいインパクトがありました。

密教の採用によって呪術やシャーマニズムも国家主導となる

で、8世紀の平安時代になって、国家は本腰を挙げて大々的に呪術を取り入れます。
それが「密教」です。

密教は、奈良時代の学問仏教とは異なり、
呪術の力をおもいっきり全面に出します。

学校の教科書では「貴族の祈祷のため」とか云々言われていますが、
そうではありません。
民間で盛んだった呪術やシャーマニズムの威力を封じ込めるために、
国家が呪術を管理する目的で、最終兵器の「密教」を採用したということです。

密教の登場によって、「呪術も国家の統制下に置く」ということが完成に向かいます。
大伽藍を作らせて、呪術やシャーマニズムも国家主導の元に置くことに成功します。

事実、平安時代以降、役小角や道教、空海といった
超能力者が格段に減っていきます。
見事に、呪術やシャーマニズムは国家の権威の中に吸収されていくようになります。

空海は虚空蔵求聞持法で通力を得ていた(平安時代)

ちなみに密教は、弘法大師空海が輸入したのが契機ですね。

空海は、道鏡のように天皇になろうとはせず、僧侶の道に生きます。
しかも密教を体得している。
なので国は、安心して空海を重用することにしたんだと思いますね。

ちなみに空海も、山林修行者だったことは有名です。
吉野の山中や天河で修行し、後に四国の室戸岬で
「虚空蔵求聞持法」を成就した伝説は、これまた有名な話しです。

ちなみに「虚空蔵求聞持法」とは、記憶力が超人的にアップし、
博覧強記になるといわれている伝説の瞑想方法です。

虚空蔵求聞持法とはマントラを使ったサマーディ瞑想

けれども「虚空蔵求聞持法」とは、マントラを使ったサマーディ瞑想です。
禅定に至ると、通力が得られることがあって、
その通力の一つが記憶力がよくなるというものでしょう。

「三教指帰」に描かれている空海の話しは、かなり尾ひれがついていて、
瞑想の効果がものすごく誇大化されていると思います。

「虚空蔵求聞持法」は飛鳥時代か、それ以前に、
中国道教(仙道)系から日本に輸入されのではないかと思います。

虚空蔵求聞持法を成就すると「明けの明星」が現れるといいます。
しかしこれはミャンマーのパオ森林僧院で行われている
瞑想修行で生じる「ニミッタ」のことです。

ニミッタ(似相)を、空海は「明けの明星」と言っていたわけで、
ニミッタが生じることで「禅定」に入ることができたことを
空海は大法成就と言っていたのでしょう。

虚空蔵求聞持法は空海だけが体得したものではなかった

ちなみに奈良時代の法相宗・神叡と、平安初期の法相宗・護命は、
どちらも吉野の比蘇山寺で「虚空蔵求聞持法」しているんですね。
その後、平安時代に空海が修しています。

空海の前に、何人かが体得しているんですね。
で、虚空蔵求聞持法といえば「空海」と思われていますが違うんですね。
で、空海が「三教指帰」に記した「虚空蔵求聞持法」は、どうも怪しい。
ウソが混じっている。

日本の山林修行には、「虚空蔵求聞持法」という、
マントラ系のサマーディ瞑想が輸入されていて、
当時、広く行われていた可能性があります。
で、通力が、広く横行していた。

飛鳥時代、奈良時代は、通力が世間一般に多かった時代です。

平安時代になって神道は確立された

ところで、こうした呪術の歴史と系譜の中で、
9世紀に「神道」が確立します。

神道は、平安時代に確立されています。
実は、密教をベースにして神道の様式が作られています。
意外と歴史は新しく、密教をパクっていまたりもします^^;

で、神道の確立とともに「修験道」も様相が変わってきます。
平安時代の修験道では、山神、鬼、天狗、眷属、動物霊を使った呪術。
室町時代の修験道では、天狗、飯綱(管狐、オサキ)を使った呪術。
江戸時代になって、伏見稲荷を使う呪術になってきたとか。
使役する自然霊にも、歴史的な変遷があるといいます。

近世・近代になってシャーマニズムは衰退

そんなシャーマニズム文化は、江戸に入ってから次第に衰退していきます。
江戸時代の寺請制度
明治維新の廃仏毀釈・神仏分離令
戦後の農地改革

これらによって修験道は壊滅的となり、
呪術の力は、歴史の表舞台から消えていくようになったといいます。
呪術やシャーマニズムは迷信の類として小馬鹿にもされるようになります。

時代は変わっても霊的な「意識場」は存在する

しかし時代が変わっても、吉野、熊野、四国などは、
日本の霊的フィールドとして、太古の時代より、
脈々と受け継がれ築き上げられている
霊的な「意識場」があるのでしょう。

この「意識場」こそ、日本のオカルト的「集合的無意識」であり、
エネルギー層であると思いますね。

で、この「意識場」を使った想念とエネルギーをテクニックこそが、
シャーマンパワー。
呪術。

シャーマンとは、変性意識化した自己の想念と、
日本のシャーマン意識場(集合的無意識)の
両方を使ったサイコ・テクノロジーです。

で、このテクニックをダークサイドで使ったものが、
呪詛といった呪術なのでしょう。
闇の技術です。
 

ということでして、日本のシャーマニズムの歴史と、
あわせて神通力や呪詛の歴史も駆け足で紹介してみました。

明治時代が、「神道カルト国家」でトンデモ国家だったことは知られています。
が、奈良時代は「サイキック・カルト国家」だったということは、
意外と指摘されていません^^;

ちなみに奈良時代は、神社のご祭神を書き換えるという暴挙にも出ています。
奈良時代は、明治時代に並ぶ横暴な国家だったわけですね。

呪術やシャーマニズムを巡って、
「国家 VS 民間」
という構図があったことは、意外と知られていません。

【参考】
怖い呪詛の世界
中村雅彦「呪いの研究」
人を呪わば穴二つ~解離が霊的現象を引き起こす

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です