人を呪わば穴二つ~解離が霊的現象を引き起こす

人を呪わば穴二つ

いやあ、それにしても「オ◎ム真◎教元幹部の手記」は、突き刺さるといいますか、恐ろしいものも感じさせましたね^^;

「恐ろしい」と感じるのは、いくつもあるのですが、この書を読んで初めて知った恐ろしさもあります。

それは、この教団には、呪詛ができる人もいたということです。呪詛。

呪いです。
呪いをかけることができる人がいたと。

おお・・・。
ゴクリ・・・。

何でも、小さい頃から、人を呪って不幸にしてきた人がいたといいます。教団内でも、気に入らない人に対しては、エネルギーを攪乱して、苦しめていたといいます。

また「あの人を腹痛にしてやる」と言って、本当に腹痛にすることもできたといいます。

そんな「丑の刻参り五寸釘カンカン」の呪いをリアルでできる人がいたといいます。

おっそろしいですね。もう、この時点で、ここってやっぱりヤバいってなるわけです。
【参考】怖い呪詛の世界
 

ただし、呪いをかけられるからといっても、「人を呪わば穴二つ」のたとえの通りであると。

誰かを恨んで呪いをかけて、相手を不幸にしたとしても、呪いをかけた本人が、苦しみ、不幸になったといいます。

結局、恨みは、その人自身を破滅させると。決して幸せになれない。

そういう事例を、著者はみてきたといいます。危なすぎ。おっそろしいですね。

と、まあ、そういう話しが、この本にはあります。やっぱりアブねーわ。
 

で、この教団には、その辺にいる気功師よりも「気」が使えたり、呪いがかけられたり、過去世を見ることができたりする霊能者もいたといいます。

しかしほとんどが精神的に不安定だったといいます。病的な人もいたといいます。

で、著者はこうした霊能者タイプを「解離性同一性障害」であるとしています。

なるほど。で、これは、その通りでしょう。

解離している人は不思議な現象を引き起こすことができる

ちなみに、カウンセラーの大嶋信頼さんも、著書「それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?」の中で、解離(かいり)している人は、不思議な現象を引き起こすことができると述べています。

しかし、大嶋信頼さんは、「これは霊能力ではない」と言っています。「解離(かいり)による現象」であると断言しています。

そもそも「解離(かいり)」とは、意識が分離して、別のモノに憑依している状態です。

その憑依する「別のモノ」が、信奉している「教え」「思想」「観念」「思い」であることもあれば、物理的な「物体」「モノ」であることもあるわけですね。何かに意識を飛ばして憑依すること、それが「解離(かいり)」の本質です。

霊能力や超能力、霊的現象には解離による現象がある

なので、解離した意識が、自分から離れて物体に憑依すると、霊動を引き起こしたり、ポルターガイスト現象を引き起こす場合があるわけですね。

実際、大嶋信頼さんのカウンセリングルームでも、不思議な現象が頻繁に起きているといいます。

解離性の患者さんが来ると、モノが動いたり、窓やドアが開いたり、心霊現象のようなことが起きるのは当たり前。そんなのは日常茶飯事。

が、大嶋信頼さんは、これは超能力でも霊能力でも何でもないといいます。単なる「解離(かいり)」。

解離(かいり)しているが故に、自分の意識が分離して、別の所へ飛んでいって、憑依してしまうと。で、これは「精神の病」であると。心の病。

精神の病なんですが、意識を分離させることができるので、妙にカンが鋭くなったり、霊能力もどきや、不思議な現象が起きるわけですね。

先ほどの呪詛、呪いもそうです。相手に破滅の意識を飛ばして、本当に相手を苦しめてしまう。呪詛・呪いを起こしてしまう。で、呪詛の場合は、低級霊も関わっています。

で、心が暗く、苦しかったり、不遇感があったり、厳しい状態の人が、霊能力や超能力、霊的現象を発揮するケースの多くは、解離(かいり)です。

百歩譲って、その霊能力もどきを認めるにしても、解離状態にある人の霊能力や超能力は危険です。周囲をも不幸にしがちです。できれば、関わるものではありません。病的だからです。

こうしたのは伝染することもあります。また低級霊が関わってくることも多くなりますね。

本当の霊能力や超能力は霊性に基づき明朗で健康的

本当の霊能力や超能力は、霊性に開かれ、明朗で健康的で明るい波動を発する人のみが持っている能力です。

こうした人の霊能力や超能力は、周囲を幸せにします。北沢勇人さん、鈴木秀子さんなど、本物の能力者は、周囲を明るくし、幸せにします。また高次元の神霊が関わることも多くなります。

ここを違(たが)えてはなりません。

霊能力や超能力の現象そのものや見た目は似ていても、「魔界からの力」と、「天界からの力」とでは、その中身と原動力がまったく異なります。全然、違う。

ここは大事です。
ものすごく大事。

精神が乖離すると呪詛のようなことができる

大嶋信頼さんが述べていることは、オ◎ムの場合とまったく同じです。またくだんの著者が述べている、「気」が使えたり、呪いをかけることができたり、過去世を見ることができたりする霊能者は、全員、解離した人でしょう。

解離しているので、精神がアンバランスになり、苦しみ、病的な状態にもなるのですね。

そういうことだったりします。

生粋の超能力者や霊能者ではなく、「解離・乖離」が引き起こす現象です。で、この状態こそ、まさに「天狗界」そのものなわけですね。
 

ちなみに、この手の呪詛などができる人は、時々います。驚くほど執念深く、打たれ強いんですね。何考えているのかわからない、ふてぶてしさもあります。

一種の自閉症スペクトラムの強い人になります。意識が乖離して、分離しています。

実際、私が昔いた会社にもいました。すさまじい人だったものです。もう同僚らも不気味がって、親しくしようとしません。ヤバい。本当にヤバい。

一度タゲになると、執念深い嫌がらせをやり続けます。おそろしい性格をしているんですね。なので、その者には、当たり障りがないように接するのがセオリーだったものです。
 

ま、そんな人を思い起こしましたが、精神が乖離した人の中には、呪詛ができる人もいるということですねこわいですね。

それにしても、この教団は「天狗界」の教団です。魔界です。ヤバい集団です。

で、こういう魔界めいた所に惹かれること自体が、そもそもの問題です。

なので、こういうところに惹かれる人というのは、こう言ってはなんですが、そもそも危険フラグが立つんですね。

ほかの宗教に惹かれたというのとはワケが違います。深刻さが違います。

ノーマルでふつーであることの大切さ

なので、ノーマルで、ふつーであるのがいいんですね。スピリチュアルとかに、あまり興味を持たないで、あるいは持っていたとしても、ノーマルであること。

世間一般にも関心があって、人間関係もまず良好で、特別な問題もない。精神的にもある程度、ノーマル。こういう状態が大事。
よく言っていることですが、どうして、これが大事なのかが、おわかりでしょうか?

スピリチュアルに興味を持たれるのも結構なのですが、乖離した状態はよくない。とにかく、よろしくない。

乖離した状態では、意識をあちこちに飛ばしてしまいます。
で、本人は、ますます病的になります。周囲の人も苦しみに巻き込まれるようになります。一蓮托生です。病的なエネルギーが伝播してしまうようになります。

 

スピリチュアルのダークサイドは、オ◎ムの教団にはものすごく多かった。てか、オ◎ムそのものが、魔界だったわけです。

おそろしや。
アブナイ。

スピリチュアルの世界では、大変、用心深くなっていますが、こうした手記を読みますと、改めて思います。

このことは、さすがにラジオでは言えなかったことです。が、ホント、この界隈は、注意が必要な側面があるということですね。

【参考】
中村雅彦「呪いの研究」
日本の呪術の歴史

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