「いまここ」が難しい3つの理由

「いまここ」が難しい理由は言葉のイメージと成果がすぐに出ないこと

「いまここ」「あるがまま」。あるいは「気づき」「マインドフルネス」。いろんな言い方があります。

が、意外と実習を続けている人が少なかったりします。なぜでしょうか?

それは「難しい」ことが理由のようです。「いまここ」は難しい。

では、何故、難しいのでしょうか?3つの理由があります。それは

・「いまここ」はイメージしにくい
・「いまここ」は言葉通りではない
・「いまここ」はすぐに成果が出ない

この3つですね。この3つの理由により「難しい」と思われている様子です。

「いまここ」はイメージしにくい

「いまここ」が難しい、続けられないという理由のトップは、「いまここ」は「イメージしにくい」というのがあります。

そもそも「いまここ」「あるがまま」は、どういう状態なのかが想像しにくい。といいますか、できません。

なので途中で「なんだかなー」と思って止めてしまう。また手応えを感じられなくて止めてしまう。そんなケースが多いと思います。

「いまここ」「あるがまま」は想像しにくいんですね。イメージすることが難しい。

ところが「ポジティブになる!(する!)」というのはわかりやすいんですよね。そのまんまの言葉通りだからです。決意して行えば、誰でもポジティブな気分になります。

ポジティブになる!はすぐ体感できます。わかりやすいですよね。

「いまここ」は言葉通りではない

次に「いまここ」が難しい理由に「言葉通りでない」というのがあります。「いまここ」は言葉通りではないんですね。

以前も書きましたが「手放す」「何かになろうとしない」もそうです。⇒「いまここ」のコツ~説明の言葉を理解する際に注意

「いまここ」を説明する言葉は、ともすると停止した感じや消極性、ときに虚無を連想させます。

が、実際は微細な生き生きさがあります。なめらかなポジティブさもあります。こうしたことは言葉からわかりにくかったりします。

このように言葉がもたらす「イメージ」に引っ張られてしまい、途中で虚しくなったり、面白くなくなって、実習を止めてしまう。これが「いまここ」「あるがまま」を続けられない原因の一つだと思っています。

「いまここ」はすぐに成果が出ない

また「いまここ」はすぐに成果が出ないことも難しいと思われる原因になっています。

「いまここ」は、成果・手応えが出てくるまでに時間がかかります。なので継続して実習する人も少なくなっていきます。

鬱的な人は健常なメンタリティに立ち戻るので効果が早い

もっとも「うつ」などの深い悩みがある場合は、わりと早く成果や手応えが出てきます。

ただ、この場合は、本当の意味での「いまここ」「あるがまま」ではなく、健全なメンタリティに立ち戻ったことによる効果ですね。厳密な意味での「いまここ」「あるがまま」ではありません。

でも、鬱的な状態が、いわゆるマインドフルネスを行うと、わりと立ち直ることができたりもします。

特別な悩みのない人は効果を感じるまで時間がかかる

が、特別な悩みがない人の場合は、「いまここ」「あるがまま」の成果や手応えを感じるまでに時間がかかることが多い傾向です。

健常者が感じる効果は、本当の意味での「いまここ」「あるがまま」効果だったりします。瞑想的な領域に開かれてくることですね。

ところが、なかなか瞑想的な領域に開かれにくい。なので途中で止めてしまうんじゃないかと思います。

成果や手応えが感じられないために「つまらない」と思ってしまう。これが「いまここ」「あるがまま」をずーっと続けるケースが少ない理由なのかなあと思っています。

「いまここ」に開けると幸福感が出てくる

しかしこの単調とも思える行為をずーっと行っていると、何かのきっかけでブレイクスルーが起きます。

自己観察。
ただ歩く。
ただある。

この単純な行いに、ふくよかな喜びと充実を感じてハッピーに。一番驚くのは体験している本人でしょう。

いったんここに開眼すると、自ずと内側からわいていくハッピーを感じるようになります。源泉(ソース)につながる・開かれるともいえます。

人によっては一瞥体験もします。一瞥体験をすると根っこがしっかりします。覚醒・悟りに入ります。

源泉に開かれようとも、覚醒しようとも、「いまここ」「あるがまま」がわかるようになると、何かから刺激を受けて心を楽しませたり安心することから、大きくシフトするようになります。

自己観察はおすすめ

自己観察は中でもおすすめです。
自己観察も「いまここ」「あるがまま」です。
「気づき」ですね。
自分の心を観察していきます。

中でも本心・本音・本当の動機。
これらを常に見守ります。

本心・本音・本当の動機に気づくようにします。
誤魔化さない。

本心・本音・本当の動機に気づいても、
自分を責めたりしてはなりません。

そのまんま。
あるがまま。
ただ、そういうものだとして気づきます。

自分を責め始めると、おかしな方向へ行ってしまうようになります。自虐精神ですね。自己否定感を募らせてしまいます。

ただ自分の本心・本音・本当の動機を見守ります。気づき続けます。

そうすると、ブレイクスルーが起きるようになります。智慧に開かれます。一瞥体験も起きます。

自己観察はクリシュナムルティが推奨していた方法。
テーラワーダにおける心随念です。
大事な観察です。
いまここ、あるがままの実習です。

「いまここ」は奥深い

美味しい果実は、そのおいしさがわかるまで辛抱が必要だったりします。「いまここ」の実習においては、試行錯誤も必要です。工夫も必要になります。タマス(惛沈、枯れ木)に陥らないなどの工夫も必要かもしれません。

けれども一度わかると、当たり前の行いの中にしあわせを見出し、叡智ももたらされて、味わい深い有り様へと変わっていきます。

「いまここ」「あるがまま」。
マインドフルネス的にも使われています。
悩みを解決する一助にもなります。

覚醒、悟り体験にも至ります。
奥深いものもあります。

言葉のイメージとは裏腹に、またシンプルですが、とても深いものがあります。

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