スピリチュアルや悟り行をやってはいけない方~まずは普通(ふつー)に立ち戻ること

悟り行やスピリチュアルに関わらないほうがいい方

悟りやスピリチュアルに興味を持つ人にも、
さまざまな動機から関わるようになっています。

いろんな動機がありますが、ただ一つだけ注意して欲しいことがあります。
それは、

・心がご病気の方
・心療内科に通っている方、
・重たい心の悩みを抱え、いつも気分が晴れない方
・物心がついたときから憂鬱で落ち込みやすい方
・各種の瞑想や実践を長年行っても心が晴れず問題も改善しない方

これに該当する方は、悟りやスピリチュアルに関わることや、
このブログをお読みになることは、お止めになったほうがいいということなんです。

正確に言いますと、生来、明朗であったり元気であったり、
人とコミュニケーションを取って楽しむなどの普通の方であったなら問題はありません。
そういう方は時間がかかったとしても、悟りやスピリチュアルの方法が功を奏して、
やがて改善に向かうようになります。

ところが物心から付いた頃から、
上記の傾向がある方は、別の対処が必要です。
ですので、悟りやスピリチュアルはご遠慮したほうがよいということなんです。

実際、こうした方が、悟りやスピリチュアルに、
何年も取り組んでも改善の兆しは見られません。
なぜなら対処の仕方が異なるからです。
まずは心療内科等で適切な治療やケアを行って、
心をリカバリーすることが先決だったりします。

こうしたことは、なかなか言いにくいことだったりします。
けれども大事なことですので、一度、書いておこうと思います。

悟り行やスピリチュアルがマイナスに作用してしまう

そもそも悩みを抱えているので、悟りやスピリチュアルに興味を持つというのは
ありがちなケースです。

ただ、上記のような傾向の方の場合は、
かえって問題をこじらせることが多かったりします。
このことは実際に見てきていますのでね。

で、悟りやスピリチュアルに関われば関わるほど、
かえって問題がこじれてしまって、おかしくなってしまいます。
こじれてしまって修復や改善が困難になってしまう。

そんなケースを少なからず見ています。
残念なことに。

で、そういった方にとって、悟りやスピリチュアルの教えは、
むしろ「毒」になっているんですね。

教えの意味を取り違えてネガティブに受け止め理解してしまう

どうして「毒」になってしまうのかといえば、
心が弱くなっていて、病んでいますと、物事をネガティブに受け止めたり、
悪く解釈することが多くなります。
否定的、厭世的、刹那的、悲観的。
自分自身をも否定しがちです。
それのみならず、生み育ててくれた両親や家族をも否定しがち。
そうして世の中や社会をも否定しがちです。

こうした状態の方が、仏教などの宗教に触れると大変なことになります。
仏教では、文言上、否定的、厭世的に書かれているのが多かったりします。
こうした表現に共感共鳴してしまい、文言通りに自己を否定し、
世の中や社会をも否定してしまうようになります。

オウム真理教の信者が、こうした傾向を持っていました。
彼らが反社会的なカルトになった理由は、いくつかありますが、
根っこの部分に、こうした否定的、厭世的な気持ちがあって、
それが破壊的な教義に共感共鳴してしまったわけですね。

ですので最初に書いたように、心がご病気の方、心療内科に通っている方、
重たい心の悩みを抱えている方、小さい頃から厭世的で否定的な気分の方、
瞑想等を長年実践しても改善しない方は、
悟りやスピリチュアルには関わらないほうが無難です。

悟りやスピリチュアルで本来言っている意味やニュアンスを取り違えることが多く、
ネガティブに受け止めたり、ますます状態を悪化させる解釈をしてしまうからです。

解釈するフレームそのものがズレているんです。
認知がズレている。

なので、ほぼ100%、ますます状態を悪くさせてしまいます。
ネガティブな状態から脱却できないどころか、いっそう強めてしまって、
ますます悪化していくようになります。
残念ながら、そんな現実もあったりもするんです。

まずは「当たり前」な状態に立ち戻ることが先決なんですね。
「自然な感じ」に戻ることです。

まずは慈悲・ハート・自然体に立ち戻る

上記の状態にある方は、言っては悪いのですが、
「当たり前」とか「自然な状態」「ハート」というのがまったくわからなくなっています。

さっぱりわからない。

普通の人や元来普通の人であるなら、「なんとなく」感じています。
また感じます。
なんとなくでも。
ところが、それがまったくわからなかったりします。
「ハートって何?」「慈悲って何?」「やさしさって何?」
それくらい心が麻痺し、不健康になっています。

厳しい言い方になりますが、
「当たり前」とか「自然な状態」「ハート」がわからないので
理由も無くいつも心が重くふさぎこんでいて、深刻になっているとも言えます。

「当たり前」とか「自然な状態」「ハート」というのは、
それこそ当たり前のことだったりします。

現代人の多くはきっかけさえあれば慈悲・ハート・自然体に目覚める

現代人の多くは、小さい頃から頭脳偏重の生活を過ごしてきていますので、
「当たり前」とか「自然な状態」「ハート」というのがわかりにくくなっています。

元来、健全で普通の方であっても、こうなりがちです。
感性が鈍ってしまっているんです。
フタをして閉ざされてしまっている。

けれどもこうした人は、ちょっとしたきっかけで「ハっ」と気づいて、
「当たり前」とか「自然な状態」「ハート」に立ち戻っていくことができるんですね。
そういう方は多いんです。

瞑想をしばらく続けていると、中には5年くらいかかっても、次第にわかるようになってきます。
本人に自覚がなくても、わかっていることもあります。
例外なくわかるようになってきます。
自覚のある無しに関わらず。
元々、普通(ふつー)だからですね。
中には、深くハートや徳の領域に急速に開かれていく人もいます。

で、こうした方は、各種の悟りの技法やスピリチュアルを活かすことができます。
アプローチや心構えが適切ですと、
ハートや徳の領域に開かれていくようになります。

また「なんとなく」感じられることが多かったりします。

心が重くご病気の場合はまずは回復を

ところが、心がご病気の方、心療内科に通っている方、重たい心の悩みを抱えている方、
小さい頃から厭世的で否定的な気分の方、瞑想等を長年実践しても改善しない方は、
なかなかわかることができないんです。

プレゼンスの瞑想をしても、まったくわかりません。
ハートの瞑想をしても、まったくピンと来ない。

決して差別的なことを言っているわけでもありませんし、
こうしたことを言うのが、心苦しいのですが、
とても大事なことですので、今、こうして書いています。

で、こうした方々は、まず、その心を回復させることが先決です。
わかることができない状態に固まってしまっているからです。

その心を健常な状態に戻すアプローチを行うことです。
それは、たとえば「当たり前のこと」を行うことだったりします。
ところが、おそらく、それは苦行になるでしょう。
けれどもそれこそが「修行」だったりします。

心療内科に通っているならば、ドクターと話し合って、
まずは健常な状態に立ち戻ることでね。
あるいは天啓気療に通うことですね。

しっかりと治すことが先決です。
中途半端な状態で、悟りやスピリチュアルに本格的に向き合うと、
かえっておかしくなってしまういことが少なくありません。

そうして普通(ふつー)な状態に立ち戻ってから、
悟りとかスピリチュアルに向き合うことがおすすめです。
 

心が歪んだままで悟りやスピリチュアルに関わりますと、
現代では、とにかく面倒なことを引き起こします。

感謝が乏しく、喜びごとも感じられない。
楽しくない。
いつも不機嫌で重たい。
嫉妬心や怒り、不満、恨みに満ちている。
波動が重たく、周囲を暗くしてしまう。

まったくできていないのに指導者並の立場を取ったりして
傲慢もはなはだしくなったり。
目上の人に対しても礼節を欠いてしまう。
礼節を欠いていること自体に自覚が無い。

結果的に不徳ばかり積むようになります。
嫌われて、人間関係もおかしくなって孤立していくようになります。
かえって悪循環に陥っていくようになります。

残念ながら、こうした方は、
私もご遠慮させていただくようにしています。
その状態では無理ですし、危険だからです。

まとめ

手厳しく聞こえる方もいるかもしれませんが、
まずは当たり前に立ち戻ることですね。
これが先決。
大切です。

初めに書いた通りで、心がご病気の方、心療内科に通っている方、
重たい心の悩みを抱えている方、瞑想等をしても気持ちが晴れない方、
小さい頃から気持ちが晴れず厭世的で否定的な気分という方は、
いったん悟りやスピリチュアルから離れて、
心を休め、ふつーにしていくようにするのがおすすめです。

生来、ふつうのお子さんだった方で、途中からうつ病っぽくなった方は、
瞑想等の方法から始めても効果や効能が出てまいります。

そうでない方は、このブログで書いているような精妙なことは、
かえって毒になります。

悟りやスピリチュアルのブログをお読みになるのは止めて、
まずは心のリカバリーをすることがおすすめです。
まずは普通(ふつー)になるようにしていくことですね。

 

こうしたことは書きにくいことですが、
一度きちんとしたためたほうが良いかと思い書いてみました。

デリケートなことですし、なかなか言いにくいことですけどね。
でも、とても大事なことだったりします。

決して差別をしたり、見下しているのではありませんのでね。
その点はご理解いただければと思います。
 

ちなみに、ここのところ私とメールや連絡を交わしている方や読者さん、
お会いしている方は大丈夫です。
全然問題はありません。
こうした記事を読んで「え?これって私のこと?」なんて心配されてはいけませんのでね。

今、ご連絡をいただいている方は、皆さん、大丈夫です。
ハートを感じられていますのでね。
一応、補足として。

公開日:2019年4月8日