角避比古神社と浜名橋は明応地震(室町時代の南海トラフ地震)で浜名湖に沈んだ

浜名湖の「角避比古神社」は明応地震で海に沈んだ

静岡県浜松市にある浜名湖。風光明媚な湖です。
ところで、この浜名湖には、室町時代まで「角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)」という立派な神社ありました。

けれども室町時代に起きた「明応地震」によって、浜名湖の地形は変わり、浜名湖にお祀りされていた「角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)」も、海に沈んで消えてしまったといいます。

角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)は浜名湖の守護神。

「角避(つのさく)」とは「津の幸(つのさち)」という意味だといいます。「津の幸」とは粋なネーミングですね。小洒落ています。

名神大社だった「角避比古神社」

で、角避比古神社は「名神大社(みょうじんたいしゃ)」だったわけですね。

名神大社は延喜式でも社格の高い神社になります。伊勢神宮も大社です。大変格式の高い神社が浜名湖とにあったということです。

ちなみに名神大社は、霊験あらかかな神社に付けられる社格といいます。ちなみにちなみに「名神」から「明神(みょうじん)」という言葉が生まれています。

角避比古神社も、その名神の名にふさわしい神社だったのでしょう。角避比古神社は、当時は霊験あらたかな神社だったのではないかと思います。

まさに「浜名湖の守護神」。しかしそれが浜名湖の湖底に沈んでしまった。

ちなみに伊勢神宮にお祀りされている天照大神が一時的にせよ、浜名湖の北方にある「濱名惣社神明宮」に鎮座しています。浜名湖とはそういう聖地・霊地でもあったんですね。

浜名湖の「浜名橋」が平安時代にあった

ちなみに、平安時代には、この浜名湖に橋が架けられていたといいます。その橋を「浜名橋」といいます。
http://kosaicity.com/hamana.html

⇒浜名橋の写真はこちら

古の時代には、こんなかくいい橋が浜名湖にあったんですね。なんか胸打つものがありますなあ。
で、

平安時代には、宇治橋(宇治川)、瀬田橋(琵琶湖)、山崎橋(淀川)とならんで、浜名橋(浜名川)は四大橋の一つと称されるほど、浜名橋は、東海道を往来した貴人の日記や和歌にも登場するなど風光明媚であったといわれてます。

であるといいます。
「四大橋の一つ」であると。

浜名湖と、ここにかかる浜名橋は風光明媚な景勝地だったのでしょうね。

濱名惣社神明宮に伊勢神宮の天照大神が祀られていた

浜名湖は、平安時代よりもずっと前の頃から、特別視されていた可能性があるんですね。

というのも、伊勢神宮の天照大神が、実は浜名湖に来ているからです。「なにそれ?!」なんて思われそうなのですが、これホント。

って、以前、書きましたけどね。

浜名湖の北方にある「濱名惣社神明宮」という神社に来ています。元伊勢です。

濱名惣社神明宮(英多神社)~倭姫が巡幸した元伊勢

で、皇祖大神(天照大神)が、40日間だけ「濱名惣社神明宮」で鎮座されています。
http://www.genbu.net/data/toutoumi/sinmei_title.htm

元伊勢であることは「濱名惣社神明宮」の社伝にちゃんと記録が残ってもいます。

ご覧の通り。
写真は「濱名惣社神明宮」の社伝です。「40日間、天照大神が遷移されて鎮座されていた」とあります。

こういう知られざる歴史があったりします。この「浜名湖」というのは、ちょっと別格なのではないかと。風光明媚というだけでなく、霊地としても何かあるんじゃないかと思います。

室町時代の南海トラフ地震「明応地震」

と、そんな霊地っぽいものもある浜名湖なのですが、先に少し書きましたが、室町時代に悲劇が起きるわけですね。

明応地震です。
1498年9月11日8時頃に発生。
wikiにもありますね。
室町時代の「南海トラフ地震」です。

これが起きた。
で、壊滅的な被害を受けるわけです。

なんと、明応地震で浜名湖の形状が激変。
つーか、大地は沈み、海とつながってしまいます。

ええ、浜名湖は昔は「淡水湖」だったわけですね。
普通の淡水湖。

それが明応地震で、陸地が分断され、海とつながってしまい、汽水湖(きすいこ)と呼ばれる淡水と海水が入り交じるハイブリッドな湖になってしまったわけです。

で、陸地が沈んでしまったわけですね。
ええ、大地が沈没してしまった。
その様子はこちら。



図はwiki「明応地震」より

こちらの通りです。
グレーの色の陸地が、浜名湖に没した大地です。

しかし、大地が海に沈むというのは、ちょっと想像できないですな。
映画やアニメの世界の話しです。

しかし、室町時代に起きた「明応地震」で、浜松の大地は海に沈んでいます。
そうして、今の浜名湖の姿になっています。

「浜名橋」も明応地震で消滅

で、この時に、平安時代から風光明媚だった「浜名橋」も消えてしまったわけですね。消滅。

で、古(いにしえ)の浜名湖には、「浜名川」という川があったわけですね。で、その浜名川に「浜名橋」があったと。

宇治橋(宇治川)、瀬田橋(琵琶湖)、山崎橋(淀川)とならぶ「四大橋」の一つだった「浜名橋(浜名川)」が、川ごと消えたと。
⇒平安時代の巻絵に描かれた「浜名橋(浜名川)」はこちら
⇒明応の大地震前の浜名湖の姿はこちら


※細江神社

まとめ

というわけでして、浜名湖の西には名神大社の社格が与えられていた「角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)」もあったわけです。

また平安時代には、国内でも風光明媚な四大橋の一つに数えられていた「浜名橋」があったわけですね。

ところが室町時代に起きた南海トラフ地震である明応地震で、角避比古神社も浜名橋も消滅。

室町時代までは、浜名湖の北部・西部は聖域だったのかもしれませんね。そんなロマンを思わせる浜名湖だったりします。

浜名湖は、単に「うなぎ」が名産な湖じゃあないかもしれませんね^^;
知られざる浜名湖のお話しでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です