幻の浜名橋と角避比古神社〜明応地震(室町時代の「南海トラフ地震」)で浜名湖に沈んだ大地

浜名湖といえば浜松の「うなぎパイ」が今では有名?

浜名湖。
東名高速で走ると、風光明媚な観光ポイントとしてもわりと有名です。

浜名湖と絡んで「うなぎ」。
「うなぎ」も有名です。
んが、国産うなぎは希少価値が高くなってしまい、
いまでは浜名湖のうなぎといっても、台湾産ですけどね^^;

そんな切ない「うなぎ」事情と化してきた浜名湖の名産「うなぎ」ですが、
うなぎといえば「うなぎパイ」。

実はうなぎパイは大人気。
サブカル的にもなっていて、うなぎパイを他へ持っていきますと、
これがすんごい大ウケ^^;
皆さん大喜び。

浜松のお土産としては、「うなぎパイ」がいいですね。
ものすごく喜ばれます^^

浜松は「遠い湖」の「遠江(とおとうみ)」「遠淡海(とほつあはうみ)」と言われていた

で、今日は、台湾産のうなぎやうなぎパイの話しではなく、
「浜名湖」のお話し。

そもそも浜松市は、古くは「遠江(とおとうみ)」と言っていたものでした。
「遠淡海(とほつあはうみ)」が一番古い言い方のようです。

で、これは奈良時代の律令国家時代に制定された地名らしいですね。
奈良時代では、中国の国家システムを参考にして、
全国統一のために、せっせと中央集権国家の体制に勤しんだ時代だったりします。

で、まあ、この時に各地に地名を付けるわけですが、
浜松は「遠江(とおとうみ)」という、
舌を噛みそうな言いにくい名称をたまわっていたりもします。

もうちっとセンスのいい語呂にすればいいのに、
なんて思うわけですが、ええ、ホント、もっと響きのかくいい名称にすればよかったのに。

しかし「遠淡海(とほつあはうみ)」というのは、もっと言いにくいですな^^;
早口言葉にもなりそうな何かの罰ゲームみたいな語呂の悪さです。

遠江(とおとうみ)は浜名湖、近江(ちかつおうみ)は琵琶湖

で、「遠江(とおとうみ)」あるいは「遠淡海(とほつあはうみ)」は、
「浜名湖」を指しているといいますね。
ま、これは小学生で教わる常識レベルの教養でしょうが。

ちなみに「近江(ちかつおうみ)」「近淡海(ちかつあはうみ)」とは
滋賀県の琵琶湖といいますね。

が、近江(ちかつおうみ)は、その後「おうみ」に略されます。
うーん、言いやすい。
遠江(とおとうみ)も略せば良かったのに。
「おうみうなぎ」とか、「おうみマーク2」とか。
いやはや、つまらないジョークですからね^^;

それはさておいて、つまり、
 ◎琵琶湖・・・近い湖(近江:ちかつおうみ)、近淡海(ちかつあはうみ)
 ◎浜名湖・・・遠い湖(遠江:とおとうみ)、遠淡海(とほつあはうみ)
ということですね。
小学四年生の社会のお勉強ざんすの
当たり前の常識ですね。

で、まあ、舌を噛みそうな「遠江(とおとうみ)」という名称が付いたのですが、
実は、浜名湖は、古(いにしえ)の時代から、
風光明媚な場所として誉れが高かったようです。

平安時代の四大橋の一つである「浜名橋」が浜名湖にあった

で、平安時代に、この浜名湖に橋が架けられたといいます。
その橋を「浜名橋」といいます。
http://kosaicity.com/hamana.html


※引用元

おお、古の時代には、こんなかくいい橋が浜名湖にあったのか。
なんか胸打つものがありますなあ。
で、

平安時代には、宇治橋(宇治川)、瀬田橋(琵琶湖)、山崎橋(淀川)とならんで、浜名橋(浜名川)は四大橋の一つと称されるほど、浜名橋は、東海道を往来した貴人の日記や和歌にも登場するなど風光明媚であったといわれてます。

であると。
「四大橋の一つ」であると。
ほうほう。

浜名湖と、ここにかかる浜名橋は、風光明媚な景勝地だったのでしょう。
なるほど。

浜名湖北方の「濱名惣社神明宮」に伊勢神宮の天照大神が一時的に鎮座

で、この浜名湖は、平安時代よりもずっと前の頃から、
特別視されていた可能性があるんですね。

というのも、伊勢神宮の天照大神が、実は浜名湖に来ているからです。
「なにそれ?!」
なんて思われそうなのですが、これホント。

って、以前、書きましたけどね。

浜名湖の北方にある「濱名惣社神明宮」という神社に来ています。
元伊勢です。

濱名惣社神明宮(英多神社):三ヶ日の元伊勢神社~倭姫が巡幸したパワースポット

で、皇祖大神(天照大神)が、40日間だけ「濱名惣社神明宮」で鎮座されています。
http://www.genbu.net/data/toutoumi/sinmei_title.htm

元伊勢であることは「濱名惣社神明宮」の社伝に
ちゃんと記録が残ってもいます。

ご覧の通り。
写真は「濱名惣社神明宮」の社伝です。
「40日間、天照大神が遷移されて鎮座されていた」とあります。

こういう知られざる歴史があったりします。
この「浜名湖」というのは、ちょっと別格なのではないかと。
風光明媚というだけでなく、霊地としても何かあるんじゃないかと思います。

室町時代の南海トラフ地震「明応地震」で海に沈んだ浜名湖周辺の陸地

と、そんな霊地っぽいものもある浜名湖なのですが、
室町時代に悲劇が起きるわけですね。

ええ、それが明応地震。
1498年9月11日8時頃に発生。
wikiにもありますね。
室町時代の「南海トラフ地震」です。

これが起きた。
で、壊滅的な被害を受けるわけです。

なんと、明応地震で浜名湖の形状が激変。
つーか、大地は沈み、海とつながってしまいます。

ええ、浜名湖は昔は「淡水湖」だったわけですね。
普通の淡水湖。

それが明応地震で、陸地が分断され、海とつながってしまい
汽水湖(きすいこ)と呼ばれる、淡水と海水が入り交じる
ハイブリッドな湖になってしまったわけです。

で、陸地が沈んでしまったわけですね。
ええ、大地が沈没してしまった。
その様子はこちら。



図はwiki「明応地震」より

こちらの通りです。
グレーの色の陸地が、浜名湖に没した大地です。

しかし、大地が海に沈むというのは、ちょっと想像できないですな。
映画やアニメの世界の話しです。

しかし、室町時代に起きた「明応地震」で、浜松の大地は海に沈んでいます。
そうして、今の浜名湖の姿になっています。

景勝で誉れの高かった「浜名橋」も明応地震で消滅

で、この時に、平安時代から風光明媚だった「浜名橋」も消えてしまったわけですね。
消滅。

で、古(いにしえ)の浜名湖には、「浜名川」という川があったわけですね。
で、その浜名川に「浜名橋」があったと。

宇治橋(宇治川)、瀬田橋(琵琶湖)、山崎橋(淀川)とならぶ「四大橋」の一つだった
「浜名橋(浜名川)」が、川ごと消えたと。


※平安時代の巻絵


※細江神社


http://www.hamamatsu-books.jp/essay/detail/33.html

名神大社だった「角避比古神社」も明応地震で海に沈んで消滅

さらにこの地震で、浜名湖にお祀りされていた「角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)」も
海に沈んで消えてしまいます。

角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)は、浜名湖の守護神でもあったと。
ちなみに「角避(つのさく)」とは、「津の幸(つのさち)」という意味だといいます。

「津の幸」とは粋なネーミングですなあ。
小洒落ています。

で、そんな角避比古神社は、「名神大社(みょうじんたいしゃ)」だったわけですね。
名神大社は延喜式でも社格の高い神社になります。
伊勢神宮も大社ですからね。

ちなみに名神大社は、霊験あらかかな神社に付けられる社格だといいます。
ちなみにちなみに「名神」から「明神(みょうじん)」という言葉が生まれています。

ということは、角避比古神社も、その名神の名にふさわしい神社だったのでしょう。
角避比古神社は、当時は霊験あらたかな神社だったのではないかと思います。

で、伊勢神宮にお祀りされている天照大神が、一時的にせよ、
浜名湖の北方にある「濱名惣社神明宮」に鎮座していましたからね。

浜名湖の西には、名神大社の社格が与えられていた
「角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)」もあったわけです。

浜名湖の北部・西部は、ちょっとした聖域だったのかもしれませんね。
そんなロマンを思わせる浜名湖だったりします。

浜名湖は、単に「うなぎ」が名産な湖じゃあないかもしれませんね^^;
知られざる浜名湖のお話しでした。

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