会話・コミュニケーションで瞑想が進み目覚めが起きることもある

それにしても、ようやく桜が咲き、満開になりましたね。

今年は「例年通り」じゃないでしょうかね。

昨年と一昨年は、確か3月下旬に満開となり、4月に入ると葉桜になっていたような記憶もあります。

そんなのがあったかと思いますが、今年も桜の季節。

いいですねー。


 

で、ここいらでミュージックスタート。

FAWM Track#11 ‘Alpha Core’ – Track from Scratch

State Azureさんのアンビエントですね。
もはや定番。
 

で、ブログのネタはたくさんあるんですが、整理するのがちょっと面倒といいますか、口頭で話しをしてしまったほうが速く、最近では思いついたことはYouTubeにアップしています^^;

もうYouTubeがブログ代わり。

やはり口頭のほうが手っ取り早いんですよね。
しかも情報量が多くなります。
 

が、口頭の場合、原稿も何も用意しないで、思いつくままのライブ感覚で話しをしますので、うまく整理がつかないままになったり、言い間違いとかも出てくるんですよね。

本当は、しゃべる際に、おおよそ骨子を作っておいて話しをしたほうが、まとまりも出てきますし、聞いている側もわかりやすくなると思うんですね。
 

が、原稿も何も用意しないで、テーマを決めたら、あとは出たとこ勝負のアドリブで話しをして、そのままYouTubeにアップ^^;

いい加減といえば、いい加減なんですが、しかし、その時思いついたことがライブ感を出すようになって、これはこれで味わいがあるんですよね。
 

けれどもブログは、記事を作成するのに時間はかかりますが、論理的にまとまったり、言い間違いとかが少なく、日本語がきちんと成立することが多いですので、どこかスッキリするんですよね。

口頭の場合、言い間違いとか、論点がボヤけてしまうことがあるため、どこかスッキリしないものが残る場合があります。

でも、口頭のほうが手っ取り早いため、最近ではトークが多くなっています。

 

で、今日の本題。

トークといえば、トークしている中で、瞑想が進んだり、目覚めが起きることに気づきましてね。

ええ。

そんな現象があることに気がついたものです。

この作用は、リアルに限らず、ZOOMであっても、何度かコミュニケーションを取るようにしていると、だんだんと瞑想ができるようになっていくことがあります。
 

ただし瞑想といっても、ギャーナヨーガ系です。
観察系。
智慧系。

自己観察、自己に気づくというタイプの瞑想なんですが、なんと会話をしていると、これが進んで行くことがあります。
 

この効果といいますか現象に気がついて、今ではコミュニケーションやトークを大切にしています。

瞑想がなかなかうまく進まないという方は、ある種の脳波というかモードになっていて、その脳波なるモードが、瞑想的な感覚にひらける妨げとなっています。
 

ところが、その脳波といいますかモードといいますか、普段の思考のクセとは異なる「瞑想的な感覚」に気がつくと、そこからブレイクスルーへと進んでいくようになります。

そのきっかけになるのが、会話やコミュニケーション。

実は、会話やコミュニケーションには、こうした効果があることに気がついたものです。
 

瞑想ができていない方とお話しをしていると、何かひっかかりといいますか、詰まりみたいのを感じて、話しが通らない感覚があります。

なので、瞑想ができていない方は、話しをしているだけで感じるものがあったりします。
 

ところが、何度も何度も話しをしていると、あるとき、スっと話しが通る感覚が出てくることがあります。

で、いったん話しが通る感覚が出てきて、その方が瞑想を続けていると、あるときにブレイクスルーが起きる。

こんな現象があることに気がついたものです。
 

プレゼンスにひらけると、ある種の共鳴といいますか、響くものが出てきます。

ところがプレゼンスにひらけていないと、いえいえ瞑想ができていないと、まったく響かないんですね。

その方の脳波といいますか存在波動が、全然共鳴しなく、空振りする感じです。

まさに「のれんに腕押し」。

ところが、トークやコミュニケーションをし続けていると、ブレイクスルーが起きやすくなる。

これはいわば「言葉」「コミュニケーション」を使った共鳴現象であると感じています。
 

なので、相手と話しをしているだけで、相手の瞑想がどういう状態なのかがわかるんですね。

相手の書いた文章を読んでいてもわかる場合があります。

もっといいますと、相手と会わなくてもわかる場合があります。

何らかの共鳴があって、まさに存在波動・脳波といってよいものがあって、その響きによってわかるというのがあります。
 

ところが、トークやコミュニケーションをしていると、瞑想的な共鳴が起きるようになっていく感触があります。

なので、実際にトークすることが大切なんですね。

コミュニケーションが非常に大切。
 

こんなオカルトのような現象といいますか、効果があることに気がついたものです。

なので、実際に会ってのトークやコミュニケーションを今は大切にしています。

ZOOMでも効果があります。
 

しかし文章、メールではダメなんですね。

メールなどの文章では、共鳴しません。
しにくい。
相手の状態も間違える場合もあります。

実際に会うか、ZOOMで会話をするのが大切。

で、おそらく、これうした効果があるため、指導者が必要であるとか言われているのではないかと思います。
 

とはいっても、相手がトークを望まないなら、できないんですね^^;

そりゃそうです。

そもそも、そんな強引なやり方では効果は期待できませんから^^;

相手がピンと来なかったり望まなければ、無理なんですね。
 

やはりトークやコミュニケーションができるシチュエーションがありますし、相手が望んでいることが大切です。

これも縁なんでしょうが、瞑想会などのトークができる機会や場って大切なんですね。

で、茶話会といった雑談混じりの場でもいいんです。
 

とにもかくにも、瞑想的なことや意識のことについてキャッチボールしながら話しをしていく。

コミュニケーションを取る。

雑談が入ったりしながら普通に話しをしていく。

で、こうした中で共鳴の感覚が出てくると、ブレイクスルーが起きやすくなる。
 

しかし、こうは言っても、雑談なりトークなりのコミュニケーションが取れるのも、やはり「縁」だと思うんですね。

「話しをしたい」「聞きたいことがある」といった意欲があると、トークやコミュニケーションの機会や場も必然的に多くなります。

とどの詰まりは「意欲、モチベーション」ってことになるんですね。

意欲やモチベーションがありませんと、トークやコミュニケーションは、家族団らんみたいに単なる雑談で終わってしまいますね^^;

意欲やモチベーションが大切。
 

で、コミュニケーションが大切といっても、先ほども書いた通りで、メールやラインといった文章では効果は期待できないんですね。

またYouTubeを見てるだけでもダメですね。

センスのある方や素養のある方なら、メールやライン、文章、YouTubeでも効果は期待できます。
 

しかし、そういう方は非常に少ないのではないかと。

やはりリアルに会って(ZOOMでもOK)話しをすることが大切。

そう思います。
 

このように、このコミュニケーション効果は、ほとんど知られていないアプローチでもあることに気がついたという塩梅です。

なので、少し前から「実際に会う」「コミュニケーションが大切」と言い出すようになっているんですね。

最近こう言い出しているのは、実は、こうした効果や作用があることに気がついたからだったりします。
 

ただ、伝え方を誤るとグルイズムになるおそれがあります^^;

この点は注意する必要がありますが、知られざる効果ですね。

いろんな発見や気づきがあります。

コミュニケーション効果も、伝統の文脈では言語化されていない「知られざるアプローチ」なんじゃないかと思います。

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