瞑想中のビジョンは妄想だが会話もできる変性意識

瞑想をしているとビジョンを見ることがあるが妄想

瞑想をしていると、超リアルな映画の世界が展開するときがあります。
特に、瞑想を始めたばかりの頃に見ることが少なくありません。
瞑想中に、突樹、リアルなビジョンが現れてくるんですね。

私も、昔は、こういうリアルなビジョンを時々見ることがありました。
昔、瞑想をしていたら雑念が鮮明に湧いてきて、
それが脳内ロードショーとして展開していくんですね。
映画です。

ものすごいリアル感がありましので、記憶に鮮明に残ります。
今でも記憶に残っている映像があります。
 

たとえば、海岸の光景。
海岸に寄せては返す波の光景が超リアル。

その場にいるかのような臨場感があったりします。
本当にリアルなんですね。
もの凄いリアルなんです。

ホンモノと錯覚します。
しかも、記憶に鮮烈に焼き付きます。
しかし、これは「妄想ロードショー」です。

瞑想中の妄想と会話をする

あと、瞑想中に人間が登場して、話しかけてくる場合もあります。
あるいは、「あの世」「守護霊」「ガイド」のような存在が登場することもあります。

こうした世界のことを知らない方は不思議に思うかもしれませんが、
妄想(想念)とも会話ができます。

夢の中で話しをするのと同じです。
変性意識状態にみられる特有の現象ですね。

変性意識になりますと、妄想にリアリティを帯びるようになります。
ここで見えたり聞こえてくるものを
「あの世」「守護霊」「ガイド」としてしまうことが多かったりします。

変性意識でのビジョンや会話は妄想が多い

けれども、これらのビジョンや会話などの出来事は「妄想」が多かったりします。
「妄想」で無い場合もありますが、
ほとんどがアストラル界で起きている「想念の仕業」だったりします。

今流行のスピリチュアルには、この手のものが多かったりします。
実際、話しをしようと思えば対話もできますが、
それは一人相撲をしているようなもので、
実際のところは脳内妄想の世界なことが多かったりします。

瞑想中に妄想が出てきて、その相手を会話しようと思えばできます。
ですが、私はしません。
なぜなら強烈に記憶に焼き付くからです。
後に残ることも出てきます。

もっとも、第四禅定という心が止まる深い瞑想になりますと、
正真正銘の「霊能力」が出てきます。
この状態における異能は、本当だったりすることが多くなります。

瞑想中に体験するものは妄想(想念)

瞑想中などに見るものは、大抵、中途半端な瞑想のときに生じます。
瞑想に失敗したときです。
ですので、瞑想を始めた初期に、わりと見ることが多かったりします。

けれども、こうした「ビジュアル」は「妄想」です。
鮮明に見えたとしても「妄想」です。
瞑想がうまくいっていない時の証拠だったりします。

瞑想中に見る超リアルな映像は、多くが(といいますかほぼ全てが)妄想になります。
ですがこの妄想が、リアルな体感を伴っていますので「現実」と間違えるときがあります。

中には、この脳内で見える世界を「リアル(現実)」として認めてしまっているところもあります。
しかし、うーん、ちょっとこれはどうなのかな・・・と心配になります。
なぜなら、「夢」を「現実」と勘違いするようなものだからですね。

アストラル界に存在する「生命」が話しかけてくることもありますが、
そもそもアストラル界が想念の世界ですので、
深入りするのは避けたほうが無難だたりします。

遊び・娯楽として割り切っているならまだしも、
本気にしてしまうと、ちょっとヤバいかもしれませんね。

こうしたことは、中国の禅の経典「首楞厳経(しゅりょうごんきょう)」に
詳しく載っています。
首楞厳経~魔境を説いたお経

瞑想が依存体質を助長してしまう場合もある

しかしながら、これだけ超リアルな映像世界ですので、
ハマってしまう人も少なくありません。
変性意識の世界に、積極的に入り込んで楽しむケースもあります。

確かに、そうしたくなる気持ちも分からないわけでもありません。
超体感・エンターティメントの世界ですから。
面白いですし、時に、気持ちいいからです。

で、この延長で、瞑想を、バッド・トリップのような依存嗜好としてしまう人も出てくるんですね。
変性意識の心地よさに耽溺してしまうわけですね。

けれども、こうしたことは「依存体質」「依存症」にしてしまうこともありますので、
リスクがあったりします。

心を浄めるはずの瞑想が、かえって依存性を高めてしまって、
心を汚してしまうのは、皮肉な話しです。

ですので、妄想・アストラル界での出来事は、
基本的にスルーすることが推奨されるわけですね。

変性意識下の体験は記憶に強く焼き付くことが多い

あと、この妄想は、いつも美しいビジョンを見るとは限りません。
魔性のものや奇っ怪な怪物が出てくるときもあります。

こういった空想の産物と話しをし始めると、
この世界にズルズルと引きづり込まれていく感じも受けます。

脳裏に強く焼き付き、しかも後を引くことがあります。
これは精神衛生上もよくありません。
ちょっとヤバイ感じです。
 

結局、何よりも単なる妄想ですね。
それを喝破することが大切です。

雑念モードでありながらの変性意識。
夢を見ている状態に似ています。

ここをよく見抜くことだと思います。
禅では「魔境」と言っているものですね。

夢中・ハマること自体がよくない

もっとも、一般的な娯楽にせよ、仕事にせよ、
夢中になってハマってしまうことも少なくなかったりします。
ハマることは、どういうことにせよ、本当は、あまり感心できなかったりします。

けれども、仕事やお金儲けは、生活に役立ち有益な側面があります。
ですので、仕事やお金儲けにハマることは、
一応、社会的には認められていることでしょう。

けれども、同じ夢中になるといっても、ギャンブルやアルコールにハマってしまいますと、
生活に支障を来します。
これは社会的には、推奨されない「夢中」の類といえますね。
 

では、瞑想中の妄想はどうなのか?

変性意識状態での体験が、その人に活力、勇気、トラウマの解消につながるなら、
それはそれで有益ではないかと思います。

ただ目安としては、「心が汚れるか、どうか」が判断の目安になると思います。
あと「本当の自分」にくつろぐことができるかどうか。

言語化しての説明には限界がありますが、
瞑想中のビジョンは、効能がある場合であっても、
基本的にスルーしたほうがよいのではないかと思います。

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