エレメンタルの取り扱い~暗い気持ちを解消し善い心であり続けるために

ちょっと今日も変わり種の話しをば。
「気分」「気持ち」のことについて。

なんとなく気が乗らなかったり、不活発になるときはあると思います。
人によっては、暗い気持ちになったり、落ち込んだりすることもあり、
これが日常化してしまっているケースもあるかもしれません。

で、こうした気分や気持ちは、マイナスの気持ちといわれています。
健康面にも悪影響を及ぼしますし、うつ病などのメンタルの病に進展することもあります。
なので、ずっとこうしたマイナスの気分でいるのは、何かとよろしくありませんね。

で、こうした気分や気持ちを解消する方法はいくつかあります。

なぜ、暗い気持ちにハマり続けてしまう理由〜悪いエレメンタル

で、その前に、何故、マイナスの気分にハマり続けてしまうのか。
その理由は、ちょっとオカルトじみていると思うかもしれませんが、
ズバリ

1.マイナスのエレメンタルが主になっている
2.プラスのエレメンタルが主になっていない

これが理由です。
エレメンタルというのは、説明するのがちょっと面倒なのですが、
簡単にいってしまえば、思考や感情が物質化したものをいいます。
いえ、思考や感情は物質化しています。

って、妄想の類に聞こえそうなのですが、本当にそうなの?
なんて思わるかもしれませんが、本当だと思います。

エレメンタルのことは、
ダスカロスが大変くわしく説明しています。

エレメンタルとは、思考や感情がエネルギー的存在となっている物質で、
アストラル界などに形成されます。
微細な物質です。

で、これが仏教でいうところの「行(サンカーラ)」でして、
「業(カルマ)」の正体だったりします。

エレメンタルとは、「行」であり、「業」だったりします。
エネルギーであり、物質です。

もう、おもいっきりオカルトですが。
しかし、あると思います。

エレメンタルに関心を向け続けると活性化し続けるという性質がある

で、エレメンタルには、プラスとマイナスがありますが、
関心を向けたり、ちょっかいだすと「活性化する」という性質があります。

マイナスの感情になった場合、いつまでもそれを思っていると、
そのエレメンタルがますます活性化していきます。

で、これが、嫌なことが頭から離れない理由だったりします。
振り払おうとすればするほど思い出してしまい、泥沼にはまっていく。
忘れよう、忘れようとすればするほど、ストーカーのようにしつこくつきまとってくる。
こういう現象が起きるのは、エレメンタルの性質が、そうだからです。

エレメンタルは、「関心」「ちょっかい」「思い出す」という
心のエネルギーを注ぐだけでも、パワーを得て動きだし、
途中でエネルギー補給を止めない限り、活性化し続ける性質があります。
こうしたことは、初めて聞く方もいるかもしれませんね。

悪いエレメンタルは消すことはできない〜一度作ると目的を果たすまで消えない

しかし、こうした有害なエレメンタルを消すにはどうしたらよいのでしょうか?
消す方法はあるのでしょうか?

答えをいいますと、「消すことはできません」。
消滅させることや、消し去ることは不可能であるといいます。
目的を達成するまで消えないといいます。
エネルギーが費えるまで消えないといいます。

で、これって仏教でいう「一度作ったカルマは消えない」と同じ意味だったりします。
仏教では、「作った業は必ず受ける」と言っています。
これはまさに「エレメンタル」のことだったりします。

エレメンタルは厄介だったりします。
しかし、良いエレメンタルは、幸運や運の良さ、楽しさ、うれしさのほか、
高度な徳である慈愛、創造といったものもあります。
エレメンタルのすべてが悪いというわけではなかったりします。

悪いエレメンタルは厄介です。
消すことができません。
しかも、戦って潰そうとすると、むしろ力を増大し、いっそう手に負えなくなったり、
逆に負けてしまうといいます。

宿命や運命を、必死になって変えようとすればするほど、
泥沼、ドツボにはまっていきます。

なので仏教では「とらわれない」「あるがまま」というのでしょうが、
それにしても悪いエレメンタルの性質は、誠におそろしい。
対応を誤ると、かえって面倒になりますので、厄介です。

消すことはできないが、弱らせ、非活性化することはできる

けれども、エレメンタルは、その力をダウンさせることはできます。
消し去ることはできなくても、消耗させたり、非活性化ができるといいます。

で、これがポイントになってまいります。

では、どうすれば力を弱めることができるのでしょうか。
それは「無関心」「無視」になることだといいます。
関わらないこと。
意識し続けないこと。
思い出さないこと。
エネルギーを補給しないことです。

思い出したり、「どうしようか」なんて考え出すと、再び活性化しはじめます。
仏教の「縁起」の通りです。

なので、関わらない。
無視する。
無関心で通す。

そうして、善いエレメンタルに置き換えてしまうことだといいます。
気持ちを切り替えてしまう。
「プラス思考」というのがこれですね。
こうした対応が推奨されています。

なんだか、「掲示板荒らし」への対処みたいですね^^;
かまうと、かえって増長してしまう。
「荒しにはスルーが鉄則」といいますが、悪いエレメンタルもスルーが鉄則のようです。
(ただし、悪いエレメンタルには、ハートフルで無視します)

対処の仕方は、マインドフルネスによるハートフルな無視、無関心

で、無関心、無視する方法が「気づき(マインドフルネス)」ということなんですね。
マインドフルネスというのは、こうした有害な感情に対して、ジャッジすることなく、
空あるいは愛や喜びとともに「ありのまま」に見る(気づく)だけで、
刻一刻、様々なことに対してに「気づき」を入れていくアプローチになります。

ただ、無視、無関心といっても「冷たい」やり方ではありませんね。
ハートにもとづく無関心、無視です。
これを「捨(四無量心の一つ。中捨ともいう)」というのでしょう。
また、スピリチュアルでいわれる「愛をもって包み込む、受け入れる」
というのもそうでしょう。

駄々をこねる子どもを見守るお母さんの姿に近いかもしれませんね。
ゆったりした感じや、微笑み感覚で見守ること。
もっと通俗的にいえば、鼻歌気分で「ふむふむ」って感じでみていくという
ニュアンスも「あり」かもしれません。

もっともマインドフルネス(念、気づき)が適切でありますと、自ずとハートフルになります。
逆にいいますと、ハートフルにならない気づきは、ちょっと違っている可能性があります。

ですが、最初からハートフルなマインドフルネスは、
おそらくできないと思いますので、意識してハートフルであることを
モットーとしたほうがいいと思います。

冷たくならず、ハートフルに見守る。
そこに強く気持ちを入れ込まないことだといいます。

こうしていくと、エレメンタルは非活性化し、作用が弱くなり、
最終的には止まってしまうようです。

善いエレメンタルへの無視、無関心はおすすめできない

ただ、注意して欲しいのは、良いエレメンタルに対しても、
下手に無視、無関心でいると非活性化してしまうということですね。
これは、要するに善の力が弱くなっていくということなんですね。
徳が弱くなっていくということです。
これは注意が必要です。

良いエレメンタルは、生活にうるおいをあたえ、幸運を招き、
運をよくしていく必須のエッセンスです。
これを非活性化するのは、おすすめではありません。
善いエレメンタルが非活性化しますと障害が出てきます。

もっとも厳密には、これも悟りへ向けたプロセスの一つになります。
いずれは経ていく必要もあるのでしょうが、
しかし、一般的な生活をしていると、障害や問題が出てくると思います。

だんだんと元気が無くなってきたり、おかしな人と縁が出てきたり、
何かと不都合なことが出始めるかもしれません。
そもそも現在の世界そのものが、マイナスのエレメンタルにあふれています。
こうした外部要因としてのエレメンタルの悪影響を受けることもでてきます。

なので、自分自身の善きエレメンタルは強固にしているのが現代ではおすすめです。
2500年前の素朴な時代と現代とでは、環境そのものがまったく異なります。

で、修行がかなり進んで悟りが近くなると、
すべてのエレメンタルから離脱することになりますので、
そういう状況にある人なら別だと思います。
また、出家しているなら、環境自体が平静で守られていますので大丈夫でしょう。
出家のような環境は別です。

しかしながら、一般社会で生活しているならば、
良いエレメンタルは非活性化するどころか、適切に強くしていったほうがおすすめです。
で、これを「善業」「積徳」といっていますね。
障害やトラブルに巻き込まれることが少なくなりますし、諸事、順調に運んでハッピーになります。
実際のところ、こうしたことが有益です。

なんでもかんでも、無視、無関心な姿勢で、サティをしていきますと、
良いエレメンタルが不活発になり、これはこれで厄介だったりします。

といいますか、厳密にいえば、少なくとも社会生活を送っている
一般人にとっては、良いエレメンタルを不活発にするのは、
間違ったやり方になると思います。

善い心でい続けることがポイント

ちなみに「念(マインドフルネス)」は、美徳(よい心)の一つとされています。
よい心には、ほかにもあります。
アビダルマでは、そのよい心に25種類あるとしています。
「浄心所(善心)」というもので、それは、

信、、慚、愧、無貪、無瞋、中捨、
身軽安、身軽快性、身柔軟性、身適業性、身練達性、身端直性、
心軽安、心軽快性、心柔軟性、心適業性、心練達性、心端直性、
正語、正業、正命、悲・喜、慧根

これらは「清らかな心」といわれています。
(説明はwikiにもありますが、wikiでの説明は若干、間違いがあります)
実は、念(マインドフルネス)も「清らかな心」の一つだったりします。
推測になりますが、もしかすると「念」も善いエレメンタルとして
形成し得ることができるかもしれません。
これができてくると、オートで念が働くようになると思うからです。

大事なことは、善い心でいることですね。
で、善い心とは、「善いエレメンタル」のことだったりもします。

ですから、基本的に「善い心」でいることが大切でして、
善い心を増大させていくための一つが「念(マインドフルネス)」という見方もできます。

運動、スポーツ、トレーニングも「善い心」を生み出す〜意外な盲点

ちなみに蛇足になりますが、「身柔軟性」も善心(を生じる元)になっています。
「身柔軟性」とは、身体が柔らかいことから生まれる「明るい心」です。
身体の柔軟性が、そのまま明るい心になることを、仏教では喝破しています。
卓見です。
大変、興味深いと思います。

運動選手やアスリートらが、はつらつとして健康に見えるのは、
まさに身体が生み出す心が良いからでしょう。

スポーツを愛好する方々の特有の明るさは、身体から生まれる良き心だったりします。
日頃から、身体をトレーニングして、しなやかにすることが、いかに大切なことか。
仏教における善心の分類からもわかってくると思います。

逆にいえば、暗い気持ちでいることが多いのは、
身軽安、身軽快性、身柔軟性、身適業性、身練達性、身端直性でないことも原因です。
体が不活発、重たい、固い、ぎこちない、鈍い、体力がないということですね。

こう言ってはなんですが、暗くなりやすい人は、
運動やスポーツを苦手としている人が多いんじゃないかと思います。
なので、適度に運動したり、トレーニングをすることですね。
運動不足やトレーニング不足はいけません。
健康にも悪影響を及ぼします。

運動不足や身体トレーニングの欠如は、心を悪くします。
運動不足が、暗い心を作っていることを知らない、気づいていない、
盲点になっているというのは、案外、多いような気がします。

善いエレメンタルを増大させる方法〜明るくなり、喜びが多くなり、運が良くなる

で、善いエレメンタルを増大させるためには、

1.よい気持ちを込めてイメトレをする
2.実際に言葉にして表現する
3.実際に行動で示してあらわす
4.運動をする
5.マイナスの感情を抑圧したり、溜め込まない

というのがポイントになってきますね。
こうしていきますと、善いエレメンタルはパワフルになり、巨大になっていきます。
で、心が明るくなり、快活になり、喜びが多くなり、運も良くなっていきます。
で、意識しなくても、基本的に、オートで幸福街道をまっしぐらになっていくようになります。
ここまで練り上げていくことですね。

しかし、案外、盲点になってくるのが「抑圧」「感情の溜め込み」です。
これを無意識で行ってしまうこともあります。
といいますか、ほとんどが無意識のうちにするから「抑圧」になるわけですね。
マイナス感情を溜め込むこともそうです。
トラウマもそうです。

乳幼児から幼少期にかけての抑圧は、完全に無意識化しているのも多かったりします。
これらはいったん意識に浮上させて、その存在に気づく必要があります。
なぜなら、存在に気づくことができませんと、非活性化もできないからです。
ステルス性のエレメンタル(感情や思考)は、
まずはその存在に気づきませんと対処のしようがありません。
このことは、話しが長くなりますので、今日は割愛します。

「徳を積む」とは「善いエレメンタル」を作り続けること

で、上記のやり方などを駆使しながら、
「善い心」でい続けるようにして、「善いエレメンタル」を作り続けていきますと、
次第に、善い心が強固になっていくようになります。

実は、この原理原則を知らないために、途中で諦めたり、自分はダメだと
思い込んで、マイナスのエレメンタルを生みだし、元の木阿弥になってしまう
ケースが多かったりします。

マイナスのエレメンタルが活性化し、善いエレメンタルが活性化していませんと、
何かと大変です。

悪いエレメンタルが多く、ネガティブ性が強い人であると、最初は格闘になると思います。
善いエレメンタルを作りながらも、実は悪いエレメンタルも作ったり。
悪いエレメンタルの作用から、なかなか離れることができず四苦八苦したり。

そういう苦悶、苦闘しながら、グチャグチャになりながらでも続けていきますと、
次第に整うようになってきて、一つの道筋も見えてくるようになります。
とにもかくにも、辛抱し続けて、善いエレメンタルを作り続けていくことです。

で、これを「積徳」といっています。

で、善いエレメンタルが活性化しだして、強くなってくると、
悪いエレメンタルを不活性化もしやすくなり、
次第に善いエレメンタルが主になっていきます。

悪いエレメンタルにとって代わって、善いエレメンタルが主となります。
ここまで辛抱してやり続けていくことだと思います。

しかしながら、油断して、再びマイナスのエレメンタルを活性化させたり、
「欲はいけなんだ」というのを額面通りに受け止めて、
善いエレメンタルまで不活性化したりするなど、試行錯誤、失敗をしながら、
あるいは実験しながら、いろいろと学んでいくものだと思います。

エレメンタルのまとめ

ここで、エレメンタルの性質や対処の仕方をまとめますと、

・最初は小さな塩つぶくらいだが、エネルギーを与え続けると強力になり大きくなる
・刺激(エネルギー)を与えれば、活性化する、力を付けていく、巨大になる
・一度作られるとエネルギーを費えるまで止まらない
・その性質特有の知性や感情だけでなく性格を有する
・同じ性質のものを引き寄せる

・善いエレメンタルは増大させ、悪いエレメンタルは非活性化していく
・悪いエレメンタルの対処は、ハートフルなマインドフルネス(気づき)で無視、無関心
・善いエレメンタルを増大させるためには、良き心、良き言葉、良き行動

このようになります。
善いエレメンタルも、悪いエレメンタルも、
どちらもこうした性質があります。

なので善いエレメンタルの性質や特徴、機能を知り尽くし、
これを上手に使いこなし、善いエレメンタルを多くしていくことが、
いわゆる「しあわせ」の一つになることがわかると思います。

しかし、こう言いますとね、悟り系の人などは
「そういう『しあわせ』を超越することが大切なんだよね」
なんて言う人もいるのですが、それは違うと思いますね。
こういうことを言う人に限って、暗かったりもします。
抑圧の反動で、こうしたことを言っているのが多いんですね、実は。
本当にわかっているなら、世間一般の幸せを否定しませんよ。

で、これも悪いエレメンタルに汚染されている「落とし穴」の一つになるのですが、
こうした巧妙なワナを一つ一つ見破り、悪いエレメンタルを活性化しないようにし、
またマインドフルネスの力を強くして、泰然としていられるレベルまで培っていくのが、
もう一つのポイントになると思います。

「浄化」も大切

あと「浄化」も大切です。
ですが、本質をいいますと、「善い心」に居つづけていくこと、
つまり「善いエレメンタル」を形成していくとになると思います。

善いエレメンタルを、エソテリックで形成することもできます。
ダスカロスの方法はおすすめです。

また、スポーツ、ウォーキングなど体を動かすことは基本ですね。
体を適度に動かすだけで、マイナスな気分は晴れます。
身軽安、身軽快性、身柔軟性、身適業性、身練達性、身端直性
といった徳を培うのが運動やスポーツです。

ほかに、身体の感覚に気づきを入れる瞑想もおすすめです。
ヨーガもいいですね。
高岡英夫さんの「ゆる体操」もおすすめ。
野口体操、操体法もいいですね。
気功、自力整体もおすすめです。
これらも心身を浄化させます。

OSHOの方法にダイナミック瞑想もあり、これも有効だと思います。
歪んだ心、抑圧意識、トラウマを吐き出してスッキリさせることができます。
しかし、長期間にわたって行うのは少々疑問があります。
なぜなら、ダイナミック瞑想により、悪いエレメンタルを形成する恐れもあるからです。
ダイナミック瞑想は、一時的に使用するテクニックだと思います。
抑圧意識などが減ってきたと思ったら、その時点で終了したほうがいいような気もします。
各人で、いつまで続けるかを決めればよいかと思います。

と、まあ、話しが長くなってしまいましたが、
マイマスの気分や気持ちは解消できますし、解消したほうがいいですね。
日常化してクセになっている場合でも、
辛抱つよく上記のことを続けていきますと、だんだんとよくなっていきます。

それと、抑圧意識、トラウマは、必ず解消したほうがいいでしょう。
これらを解消するだけで、見違えるように変わる人もいるくらいです。

と、いうことになると思いますね。