愛(ハート)・慈悲が人間性と霊性を高め進化させる~テクニックやメソッド以前に大切なこと

愛(ハート)・慈悲を持ち高めることは欠かせない

私は20代のときに、宇宙的存在と遭遇して、
それ以来、人間が変わってしまったものです。

と、書くと、異常を来した人であるとか^^;
アレになってしまった人に思われるかもしれませんが、
遭遇ではなく、コンタクトみたいなものがありましてね。

いえ、これは「ぼかした」表現なんですね。
が、宇宙的なものと接しているときに覚醒体験がありましてね。

説明が少々難しいといいますか、
苦慮するところがありますので、ぼかして書いたりもしています。
 

ですが、これ以来、物の考え方とかも変わってしまいましてね。
脳の使い方が変わったといいますか。
そんな感じを受けてもいます。

物事をまずは直感や全体像でつかみ、
その感じを翻訳していくように大脳を使っていく感じです。

物事の本質がわかるといいますか。
そんな感じになっていきます。
 

それと「愛(ハート)」。
愛(ハート)が極めて重要であることをさとったものでした。
仏教的には「慈悲」といってもいいですね。

よく能力開発とかありますが、
実は、こういうアプローチだけを取るのは、あまり有益ではなかったりします。

テクニックやメソッドだけにとらわれたり、追求をし始めると、
とかく問題を引き起こします。

性格的に偏りを引き起こしたり、エゴマインドや自己中を強め、
場合によっては、精神を病んだりすることが出てきます。
 

能力を高めたいなら「愛(ハート)」を高めることです。
慈悲を高めること。
ええ、これは断言できます。
体験的に断言できます。

愛(ハート)を高めることが、その人をアップさせます。
はい。

シュタイナー~チャクラは自然に活性する

こうしたことは、あのシュタイナーも言っています。
シュタイナーは、「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」
という著書の中で、チャクラを開発する方法を述べています。

しかし、意念を使って意図的にチャクラを開発する
方法には反対しています。

そうではなく、愛(ハート)を高めたり、人間性を高めることで、
チャクラは自然に開発されると述べています。
 

シュタイナーのこの見解は、本当にその通りです。
で、意図的に無理にチャクラを開発するのは、問題を引き起こすことがあります。
その問題も、シュタイナーの書にあります。

エネルギー的にアンバランスを引き起こすことが多くなるんですね。
チャクラが自然に開かれても、安定していくプロセスにおいて、
いろいろと問題が出てくることがあります。
これがもし意図的に開発するならば、大変になるんじゃないかと思います。

チャクラも、結局、人間性になってきます。
いや、霊性ですね。
霊性が高まることで、準備ができる。
で、準備が出来てくると、チャクラも自然に活性し始めます。

その準備とは、逆にいいますと、心身を浄化していくことなんですね。
心と体を浄化していく。
浄めていく。
これがひいいては人間性なり、霊性を高めていくことと関連してきます。

「いまここ」は「心を浄める」

仏教は、「心を浄める」というアプローチを取っています。
といいますか、仏教を一言でいいますと「心を浄める」教法となります。

で、「心を浄める」ということは、
「いまここ」のプロセスにフォーカスした表現でもあるんですね。

「いまここ」を行っていると、とらわれ、心の傷、深い処にある
感情やとらわれが浮上してきます。
いや気づくようになります。

で、「いまここ」が、これらを浄化します。
「いまここ」に臨在することで、浄化が起きます。
この現象を、「心を浄める」と言っているのだと思います。

で、この浄化の連続の中で、グレート・スピリアット、宇宙意識、真我、
いろんな表現がありますが、そうした生命の根源と同化し、
認識が落ち、自分が消えて、いわゆる「悟り」となります。
こうしたことは、シュタイナーも似たようなことも言っています。

愛(ハート)はテクニックやメソッドよりも大切

能力の開発とか、瞑想の仕方とか、技術的なことも有益であり、有用なのですが、
これ以前に、もっと大事なことがあったりします。
それが愛(ハート)。
霊性といってもいいですね。

テクニックやメソッドよりも大事なものがあります。

また、哲学化したり、言葉の定義を厳密にしたり、
観念に落とし込んでいくことは、本質ではありませんね。
こうしたことは余興のようなものだったりします。

こうしたことは自らの内に感じるものを、表現し、伝えるための手段です。
それが観念であり、言葉の定義であり、哲学化といっていいでしょう。

言葉の羅列の中そのものに、真理は何もありませんね。
言葉や観念だけを追っていっても、何も得られません。
混乱と迷いが深まるだけです。
で、解離(かいり)て、空想や妄想の世界に耽溺し、上の空になるだけです。

余計なことを考えたりして煩悶するのではなく、
「いまここ」にあるようにして、心をすっきりさせて、浄めていくこと。

このプロセスで、その人の人間性もさることながら、霊性を高め、
並行して能力が高まるようになります。

愛(ハート)・慈悲が人を進化させる、
そういうメカニズムが人間の中にはあります。
 

愛(ハート)を欠いたアプローチは、
多くは冷たくなり、枯れ木のような状態になります。

しかも、その寂しくも枯れた状態を
「悟り」であるとか勘違いするようにすらなります。

こうしたことはマインドとしての知性が誤認した
典型的な状態だったりします。
日本人は、案外、ここに陥ってしまうケースも少なくありません。

愛(ハート)を基盤を置くことは、人間性、霊性そのものを高めることで、
とても大事なことだったりします。