一瞥体験

秋山眞人さんが新刊を出すようですね。
「シンクロニシティ 願望が実現する「偶然」のパワー」。

動画でも解説していますね。
なんでも本格的なシンクロニシティ本のようです。
事典でもあるとか。

【新刊案内】シンクロニシティ【秋山眞人】

最近の前山さんの本は、内容が濃いですからね。
今回のも期待できるかもしれません。
 

ところで秋山眞人さんは、私にとって大恩人でしてね。
いえね、お会いしたことはありません。
でも恩人です。

秋山眞人さんが昔、春川正一というペンネームで、
宇宙人と遭遇した手記を、
「UFOコンタクティー」という季刊誌に発表していましてね。

その手記は、今ではネットで読むことができます。
「私の別惑星訪問体験とアダムスキーの真実性 春川 正一」がそうです。
UFOに乗って、カシオペア座の方角にある惑星へ行ったという体験手記なんですね。
http://www.adamski.jp/gap-japan/ucon/ucon-095.html

◆異星訪問奇談~目覚めのきっかけとなった春川正一氏の体験記
https://www.yurubossa.com/iseihoumonkidan/
 

この頃、私は解脱やら神との一体を渇望し、同時に大学受験のこともあって、
様々なことで悩み、苦しんでいた時期だったものです。

ただでさえ多感な時期なのですが、この頃に、自己探索をし、
深く自分を見つめ続けることをしていました。

解脱やら神との一体を目指そうとしても、
「まずは自分の心の有り様が良くなければ、無理じゃないだろうか」と思って、
誰からも教わることなく自己流で、
「自分の心に気づき続ける」ということをしていたものでした。
自分の心の生じる悪い心などを常に意識し続けるというものです。

しかしこれを続けていると、心の深い領域、無意識の領域をも観察するようになります。
この無意識の領域こそ「本丸」であって、「ここに何かがある」と直感するわけです。

ところが、無意識の領域を深く見続けていると、
漆黒の闇に覆われるようになってしまって、理由の無い暗さや不安に陥ってしまい、
どうすることもできなくなってしまったものでした。
 

そんな状態の中で、わたくしはこの季刊誌を、たまたま書店で目にして、
手にとって読み始めたものです。
もう今から30年以上も前、1986年12月29日の午後2時頃だったと思います。
何故か、今でも憶えているんですね。
で、まだ私が若かった頃です。

で、読み始めると、秋山さんの手記が真実であることを直感。
「これは本当の話しだ!」と。
で、初めて見開かれる宇宙人の世界に、猛烈に感動し、
夢中になって読みふけりましてね。

で、読んでいる途中で、突然、一瞥体験が起きたものでした。
バーンと。
悟り体験です。

が、それが「一瞥体験」ということが分かったのは、
ずーっと後になってからのことでした。
なんと、約30年くらい経った後です。
 

一瞥体験は、その体験だけで終わってしまうケースもあれば、
その後に、宇宙的な性質が残る場合もあります。
実は、体験後の有り様は人それぞれだったりします。
また起きるシュチュエーシンも様々。

瞑想をしている時に起きることもあれば、
日常生活の中で起きることもあります。

しかし一瞥体験は、その人に、ある強烈なインパクトを与えるのは
共通していると思います。

そのインパクトとは「本当の自分を知ること」だったりします。
この身、この考え、この思いが「私」ではなかったという感覚。

そういう狭い感覚の自分が自分ではなく、
「本当の自分」があって、その「本当の自分」に開かれる感覚。
瞬間。

それは言い換えると「自我の破壊」だったりします。
自我が木っ端微塵に粉砕されて、「本当の自分」に啓(ひら)け、
歓喜や愛や空などの宇宙的な感覚をともないながら、
宇宙性に目覚める瞬間。
 

しかし一瞥体験が終わった後は、元の自我に戻ります。
中には「大悟」といって、この体験が、そのまま定着する方もいます。

どういう形を取るにせよ、この時のインパクトは、
新しく生まれ変わり、恒久的に救われたフィーリングが生じて、
まったく新しい存在になった感覚を受けます。

宇宙性に啓(ひら)かれる。
意識が高揚し、愛のフィーリングが生じるようになって、
常に俯瞰する宇宙意識が生じます。

一瞥体験は、意識に変容を引き起こします。
その変容は、人それぞれだったりします。
 

この一瞥体験は、どういう意味があるのか。
仏教では、どういう扱いをされているのか。
その謎というか答えを知りたくて、探索してきたくらいです。
テーラワーダにシフトしたのも、この探索があったくらいです。
これだけ膨大な経典、アビダルマがあるのだから、
どこかに答えがあるはずだ、と。

で、ようやく、その答えがわかりましてね。
やっぱり答えがあった。
禅にもあるのですが、テーラワーダは禅よりも、
もっと緻密でロジカルに説明しています。

「気づくの遅い」って思われるかもしれませんが、いえいえどうして。
年季をかけて探求したことですので、結構、奥の深いこともわかりまして。

たとえば瞑想の位置づけ。
そう、瞑想には2種類の文脈があります。
一つは、悟りとしての瞑想。
もう一つは、悩みを軽減するための瞑想。

で、厳密にいえば、瞑想を教える指導者が、
ここをきちんとわかっているかどうかなんです。

あと大事なポイントがあります。
一瞥体験について、いろいろとご説明もしていこうかと
思うようになってきています。
 

そういえばブッダの時代にサーリプッタ尊者という高弟がいらっしゃいましてね。
サーリプッタは、アッサジという阿羅漢によって預流果に導かれています。

で、サーリプッタは、生涯、アッサジを尊敬し、
寝るときにはアッサジがいる方角には足を向けなかったといいます。

サーリプッタ尊者のお気持ちは、なんかよくわかります。
自分を導いてくださった人、縁、きっかけ。
こういう人・縁に対して、一生涯、深く感謝し、尊敬し、
頭を垂れたくなる気持ちは、もしかすると万人共通の心なのかもしれません。
 

私にとって、秋山眞人さんは大恩人です。
秋山さんの手記によって、宇宙性に啓(ひら)かれ、
その後の私を一変させることになったからです。

宇宙人は天界の天人と同じような存在です。
宇宙的な天界、宇宙的な天人とのご縁で
目覚めさせていただいたというシチュエーションは、
私にとっての「核(コア)」なのかもしれません。
それこそ「シンクロニシティ」なのかもしれません。

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