悪い運命は変えることができるか?~「改善」に励むか何もしない「あるがまま」で受け入れるかのどちらか

重たい「運命」の話し~運命は存在するのか?

さて、今日は少々重たいはなしをば。
しかも長文。
重要なことを書きしたためました。
最後まで読んでいただけるかどうか。

で、重たい話しとは。

それは「運命」です。
ええ。

「運命」。
 

そもそも「運命」はあるのか?

インド占星術、子平を長年使っている私の実感からすれば、
「運命はある」としか言いようがなくなります。

ただし、「運命がある」といっても、細かいところまでは定まっていません。
「ある種の傾向」が存在するということですね。

いわば「クセ」みたいなものです。

人には、クセがあります。
右側を歩くクセがある人もいれば、
左側、真ん中を歩くクセがある人。

そういうクセが「運命」にもあるってことです。

なので「運命がある」といっても、おおよその「枠組み」ですね。
そういう感じです。

運命は「運命の枠組み」としておおよその傾向がある

しかし、そういう「運命の枠組み」であっても、たとえば、
性格、人間関係、結婚、子ども、家庭、仕事、お金、健康などなど
において「おおよその傾向がある」ってことなんですね。

これが「良い傾向」であるなら、諸手を挙げて万々歳になります。
「あなたは◎◎において幸せになれますよ!」という塩梅ですね。

が、問題なのは「悪い傾向」です。
これが問題。
なぜなら大概、受け入れることができず、
悩みのタネになってしまうからです。

しかし自らの「悪い傾向」を知っておくと、
ダメージが少なくなったり、良い意味で割り切ることができて、
余計な心配や苦労から回避できるようになります。
勇気のいることですが。

 

占いには、もう40年近く接しています。
途中で休んでいた時期もありますが、20年くらい前から
精度の高い占い(というよりももはや運命学)に出会い、
ざっと数えて延べ1000人近くの人を見てきた結果、
「運命はある」と確信するようになっています。

子平やインド占星術なんですけどね。
これらは精度が高い。

また、これに付随して「過去世からの影響・業(カルマ)」も
実際にあって、その作用も実在していることが
感じられるようになっています。

理不尽としか言い様のない悪い運命現象がある

長年、占いで多くの人の命を見てきた感想として、
実際問題として厳しくも難しい運命現象もあります。
たとえば、

性格・・・どうしても重たい性格であるとか、鬱になりやすいなど
人間関係・・・長続きしないとか、トラブルになる
結婚・・・添い遂げることができず別れてしまう
子ども・・・子どものことで苦労が多すぎる
家庭・・・なぜか冷たい家庭になってしまう
恋愛・・・変な人と恋愛になったり付き合ってもうまくゆかない
仕事・・・どんなに頑張ってもうだつが上がらない
お金・・・頑張ってもお金に恵まれない
健康・・・健康面でトラブルを抱えがち

などですね。
これらは一例に過ぎませんが、
理不尽としか言い様のない現象が起きたりもして、
まさに「運命」としか言い様のない現象があります。

こうした運命現象を垣間見ますと、
世間で言われている「べき論」が、粗末で浅薄過ぎる上、
あまりにも画一的で、現実を踏まえていない理想論であることが、
嫌と言うほどわかってきます。

そんな「べき論」は、はっきり言って、アホらしんですね^^;
薄っぺら過ぎ。
苦労知らず、現実知らずの人が考えた「教え」なんです。

なぜなら、理不尽としか言い様のない運命現象が、
確かに存在しているからです。
しかも、生年月日などから、「先天的な傾向」として、
読み取ることができるんですね。

これの驚異といったら何と言ってよいのやら。

悪い運命現象にはどう対処すればよいのか?

で、問題なのは、こうした傾向がある場合、
どう対処するのか、改善していくのかってことなんです。

が、理屈の上では「◎◎したほうがいい」とわかっていても、
いざ実際に、それの改善を試みても、
なかなかうまくゆかないことがあったりします。

いや、現実をいえば、そういうもんです。
改善が困難な場合もあります。
相当な努力をしなければ改善しないことも多かったりします。

なので、この手の問題を取り扱う新興宗教もあるくらいなんですね。
悪因縁とかいって、信者を集めているところもあるくらいです。

しかし、そんな新興宗教に入っても、
所詮、お金を注ぎ込むだけになってしまいます。
よろしくない。

実際、もっと他に対処の仕方とかもありますからね。
それを、以下、ご説明いたします。

悪い運命傾向は「改善」するか「あるがまま」として受け入れる

とその前に、もう少し説明をいたします。
そもそもこうした事実は、やっぱりショッキングなんですね。
面食らいますし、受け入れがたくパニックになることもあるかもしれません。

けれども、良い面も、悪い面も、
自分の「あるがまま」の事実として、
受け入れることができると楽になれます。

もし「悪い傾向」があれば、やっぱりまずは
改善していくのが望ましいんです。

しかし先述の通りで、改善が難しい場合もあります。
またある程度、年齢が行ってから気づいた場合は、
改善は難しくなると思います。

改善が困難な場合は「そのまま」にしておきながら生かすやり方もある

で、改善が困難な場合は、そういう方面に手を出さないほうがいいわけですね。
問題になったり、不幸になりそうな局面には関わらない、回避するってことです。
これが対策を講じるシンプルなやり方です。

「逃げているようでズルい」と思われるかもしれませんが、
それは当事者になって苦しむ経験が無いか、乏しい、
あるいは想像力や共感性が欠如しているからです。

で、上記のケースの対案として具体的にいいますと、

性格・・・無理に性格を変えない。鬱傾向はそのままにして生かすようにする。
人間関係・・・親密になるのを控え、当たり障りのない関係にするとか、ネットを活用する。
結婚・・・結婚しない。既婚者の場合は趣味等を生き甲斐にし配偶者と距離を置く。
子ども・・・子どもを設けない。子どもがいる場合は早くから自立できるようにする。
家庭・・・個々が独立した存在として、個々がそれぞれ生き甲斐を見いだす。
恋愛・・・恋愛はしない。止めておく。
仕事・・・仕事での成功は諦める。お金が入ることだけにフォーカスする。
お金・・・手堅くやっていけば、それなりに入るので、手堅さをモットーとする。
健康・・・人一倍、健康管理には注意をする。決して無理をしない。

といった具合ですね。
要するに、自分が最適になれるように配慮したり工夫をすることなんです。
一見すると否定的で、後ろ向きに思えるかもしれません。

けれども、幾ら頑張っても努力しても改善できない理不尽なケースや、
どうしようもない場合は、一見すると「逃げ」と思われる選択も致し方ないんですね。

こういう場合は、世間の常識や価値観に沿ってはダメでしょう。
「回避」「逃げ」であっても、これが最適解なことが多かったりします。

「手を出さない」「関わらない」がその人にとって「最適解」な場合もある

「回避」「逃げ」といっても、言葉を換えると、
「手を出さない」「関わらない」ということでもありますね。

ただ誤解して欲しくないのは、決して後ろ向きではないということなんですね、
逃げ口上のような言い訳として使われると、本意に違えます^^;
その誤解を避けるためには、事例でご説明してみましょう。

仕事がどうしてもうまくゆかない人の場合の最適解

たとえば世間では、「仕事では成功するものだ」
「仕事は長く一つのことをするものだ」という価値観が幅を利かせているとしても、
自分には成功することはできないと見切ったら、わかったならば、
自分らしい仕事の仕方、有り様を模索することなんですね。

しかしその多くは、社会の価値観や常識から逸脱することもでてきます。
けれどもそれが、その人にとっての「最適な有り様」なんです。
「最適解」なんです。

世間の価値観に迎合する必要はありません。
「自分らしさ」を追い求め、実現していくことなんですね。

恋愛や結婚がどうしてもうまくゆかない人の場合の最適解

あるいは、恋愛や結婚もそうです。
世の中には、何故か恋愛は失敗ばかりで、結婚もうまくゆない人もいます。
性格が関係していることも多いのですが、
こういう場合は、恋愛や結婚はしないほうがよくなります。

というのも恋愛や結婚は、相手も関わってくるからですね。
相手をも悲しい思いにさせてしまうと、不徳を重ねてしまうことにもなります。
で、よろしくないエネルギーが積み重なっていくようになります。
巡り巡って、不幸になってしまいます。
生まれ変わってから、ますます悲惨になっていきます。

なので相手を傷つけるような恋愛や結婚は、
あえてしないほうが懸命なんですね。

で、恋愛や結婚のエネルギーを、趣味やほかに向けて、
昇華していくようにします。

が、これも世の中の常識や価値観からすれば
「そこまでしなくていいじゃん」「変わっている」とか言われます。

しかし、いいんです。
これが本人にとっての「最適解」なんです。
で、長い目で見た場合、「しあわせ」につながっていくんです。

健康面がどうしてもうまくゆかない人の場合の最適解

健康もそう。
生来、健康が優れない人もいます。
そういう方は、人一倍、健康に注意を払うのがいいんですね。

で、不思議と、健康に自信が無くても、長年の養生によって、
長生きしている方もいらっしゃいます。

ただ、健康の場合は、難病や深刻なケースもありますね。
そういう場合は「天啓気療」などの方法で改善を試みるのもおすすめです。

何事においても「自分なりの最適解」を見つけること

全てにおいて、そうなのですが、「自分なりの最適解」
見つけることなんですね。
たとえ、その最適解が、世間の常識や価値観から逸脱していたり、
異様に思えても、それが本人にとっても「あるべき道」なんですね。

もっとも天啓気療によって解決する術もあります。
しかし天啓気療は、メンタル面に特に影響を及ぼしますのでね。
そのメンタルが変わることで、
悪い現象が解消されていくというのが多い感じです。

でも天啓気療はおすすめです。
何度か受けることで、大概の問題も解決しています。

それでもできることなら「改善」が望ましい

というわけでして、理不尽な運命現象に振り回される場合は、
個々において「最適解」を求めることもおすすめということですね。

とはいいましても、できればやっぱり「改善」が望ましいんですけどね^^;
できることならば。
と、グルグルと同じところを回っていますが^^;

人間関係に関しては、ちょっとした気配りで
改善できるものです。

言葉使いが悪くないか?
マナーや礼節に欠けてはいないか?、
自己中になり過ぎていないか?
やたらと自分のことばかり言っていないか?
共感性が乏しくなっていないか?
空気が読めなくなっていないか?

そういうことも振り返ってみて、チェックしたほうがいいですね。
人間関係に関することは、
案外、自己洞察の甘さや、気配りの無さが原因なことも少なくありません。

どうしても無理な場合は関わらず立ち入らずの「あるがまま」で向き合う

しかし、そうはいっても、やっぱり実際は改善が困難なケースも
あるってことなんですね。
同じところをグルグルと回ってしまっていますが。
で、どんなに頑張ってもダメという場合もあります。

で、散々努力したり、試したり、経験を重ねてきても、
いつも失敗したり、悲しい結果を招くならば、
「これは無理だ」と諦めて、別の対処方法(解決しない方法)に
切り替えたほうが懸命なことも多かったりします。

これはいわば「あるがまま」の一形態なんですね。
問題や課題を、改めようとしないで、「そのまんま」にしていく。
問題や苦しみを招きそうなことには立ち入らないで、「あるがまま」にしておく。

問題や苦しみになりそうなことに、あえてチャレンジする歩みもありますが、
同じ苦しみを再現し、また他人をも悲しませるならば、
さすがにそれは問題があるといえましょう。

そういう迷惑を及ぼす有り様ではなく、
自分なりの「最適解」を探して、それに生きる。

これは決して「逃げ」ではないんです。
問題を引き起こさない「控え目なポジティブな有り様」なんですね。

で、この姿勢が、「令和」の時代のスタンダードになっていくと思っています。
人は、それぞれ個性があって、クセもあるからですね。

みんながみんな、一つのモデルに従って生きていくことはできません。
表面的に合わせることができたとしても、
どこかに無理やストレスを憶えます。

人はそれぞれの生き方・有り様がある

以上が、長年、多くの方々を見てきた
結論といいますか、見解です。

人は、それぞれの生き方、有り様があるってことです。
で、人様を悲しませたり、著しく迷惑をかける有り様はよろしくありません。

なのでそれぞれが「最適解」を見つけて、
自分なりに、自分らしく歩んでいく有り様を
見つけ出していくことが大事なんですね。
で、これが本当の意味での「個性」にもなるんです。

こうした視点に至りますと、「いろんな生き方があるんだなあ」
ということがわかってきます。

無闇やたらに批難もできなくなります。

悪いクセや性格は改めたほうがいい

もっとも悪いクセは、別ですけどね。
あるいは、性格の問題。

こういう著しく悪いクセや習慣、性格は、
やっぱりなんとかして改めることですね。

先ほどあげた、
言葉使いの悪さ、マナーや礼節違反、自己中、共感性の無さ、空気読めない、
などの配慮の無さ、気配りの無さは何かとトラブルの原因になります。

で、これらは意識して努めていけば改善できるものだったりします。

ボランティア精神を発揮してハートに生きるなどを始めて、
改まるように、恩寵が授かる体質にしていくことが望ましくなります。

悪いクセや習慣、問題のある性格は、
なんとしてでも改めるようにしたほうがよかったりします。
これだけは。
これだけは別です。

運命をよくする「慈心(ハート)」の実習を日々行う

そうそう、そういえば「運命を改善」するために「おすすめの方法」があります。
それは「ハート(慈心)」を実習することなんですね!

ハートを実習すること。
ハートを実習することで、様々な効能が得られます。

【究極の成功術】無条件の愛・慈しみの心がもたらす驚くべき11の効果

動画では「11の効能」といっていますが、
ハートを実習すると、「運命」がよくなるんですね。
つまり「幸福」になるってことなんです。

「幸福になる」ってことは、「運が良い」ってことなんです。

事実、ブッダが過去世で7年間、慈心を続けたところ、
途方も無い幸運にまみえるようになっていますからね。

⇒ハートの瞑想・祈り・ハートのプレゼンスのやり方
⇒運命を変えカルマを浄化する方法
⇒愛(ハート)・慈悲が人間性と霊性人を高め進化させる
⇒愛(ハート)が人を進化させる~宇宙的な愛・無条件の愛
 

で、で、自分にとって問題や課題であることに対して、
「自分はできないけれども頑張って人には幸せになって欲しい」
と願うことなんですね。

たとえば「家庭」のことで問題を抱えたり、悩みがちならば、幸せな家庭を見て、
「ああ素晴らしい、もっとしあわせになってね♪」とか。

結婚のことで問題を抱えたり、悩みがちであるならば
幸せなカップルや夫婦を見て、
「ああ素晴らしい、もっとしあわせになってね♪」

仕事のことで問題を抱えたり、悩みがちであるならば、
うまく行っている人、成功している人を見て
「ああ素晴らしい、もっと上手くいって成功してね♪」と。

相手のしあわせを願い、祝福し、エールを送ることなんです。
この心が、自らの運命をも変える力になっていくんですね。

試練・試されているとして受け止める

また、自らに起きる苦労や試練を「神からの試練、試されている」として、
ポジティブに受け止める心得もあります。

インドの輪廻転生観からすれば違う」と言われそうなのですが、
別の見方をしますと、この世は「神(宇宙創造主)」による創造の世界です。

で、この創造の世界において、人は様々な運命やら傾向を持っています。
で、様々な課題があっても、命は向上していくのが本質です。

命とは、神(創造主)になろうとする趨勢があります。
それを「霊性」ともいっていますね。
神になろうとする性質です。

で、「神になろう」とすることを言い換えますと
「悟り」とか「解脱」となるわけですね。
実は同じ事を言っていたりもします。
表現が違うだけ。

で、この文脈では、困難や問題を、仮に解決ができなくても、
その困難なり問題を、ポジティブに受け止めていくことが
肝要になってくるんですね。

で、そういう気持ちのありようが、
いわゆる「業(カルマ)」解消していくことにもなるんです。

「しあわせになっていく」ということですね。

だから「試練」「試されている」という向き合い方なんですね。
神(創造主)を信じるポジティブな姿勢が根底にはあったりします。
で、これは健全です。

誰をも恨むことをしません。
自らの前世を恨んだりすることもありません。
健全です。

で、「試練」「試されている」という向き合い方は、
「バクティ」的な心の有り様だったりします。

神からの「試練」「試されている」というのは、
その本質は「ポジティブな心」なんですね。

ハートが運命を改善させ運を良くして幸福をもたらす

で、まず、こうした心が大切。
うまくいっている人に、よりいっそうの祝福やエールを送る。
他人の成功やしあわせを喜び、もっとしあわせになるように願う。

自分が解決できない問題や深刻な問題があるならば、
神からの「試練」「試されている」として受け止める。

自分ができていないからといって、
ひがんだり、ねたんだり、足を引っ張るのは最悪。

巡り巡って、再び同じ不幸に直面するようになります。
これではよろしくありません。

何故、ハートが大切なのか。

この意味や価値は、計り知れないほど深いんですね。
深かったりします。

運命といえば業(カルマ)が出るけれども~暗く陰気なカルマの話しはしないこと

と、今日は、ディープな話しでした。
ちょーディープかもしれません^^;

でも、とても大切な話しなんですね。

で、「世間的なステレオタイプの価値観」が、
いかに浅薄であるかも、わかってくるかと思います。

ええ、浅薄過ぎるんです。
てか、大雑把過ぎ。
で、この浅薄で大雑把な価値観に染まっている人が多いんです。

てか、「世間のステレオタイプの価値観」に合わせようとすると、
人によっては苦しみになってしまう場合があるってことなんですね。
 

私は10代の頃に「業(カルマ)」というのを知り見続けてきました。
長い付き合いです。

そんな長い付き合いのカルマとか運命ですが、
ハッキリ申し上げて、前世がなんちゃらとかいって不安にさせたり、
脅したりするのはナンセンスです。
また、そういうネガティブな思想にとらわれている人もナンセンス。

そんな陰気な考えは止めましょう。
捨て去りましょう。

んな悲観してばかりしてどうなるの?
それよりも、現実に生かしていく道なり術を見つけましょう
って言いたくもなるんですね、実は^^;
 

そもそも実のところ誰もが大なり小なりに、
「こうであればいいのに」と思っていても、
そうならないことがあるもんなんです。
誰もが理不尽さを感じているんです。

で、それが人間なんですね。

だからブッダは「こは苦なり」と言ったのでしょうが、
それは真理に開眼するきっかけになるとしても、
いつもいつも「前世が云々」とか言ったり持ち出しても、
何もメリットもありません。
まったく無い。

いたずらに深刻な反省会を延々と続けるだけです。
バカらしい。
そんな暗い過去世の話しや前世の業などは、持ち出さないほうがいいくらい。
一回、知ればOKな話し。

運命をよくし幸せになれる方法を努めてゆく

で、運命傾向を前提にして、もっと前向きな対処方法を考えることですね。
それが
・問題になりそうなことには関わらない、深入りしない(あきらめる)
・それぞれの「最適解」を探す
・ハートを実習する
・他人のしあわせを願い、見て共感し祝福してエールを送る
・困難や苦労を「試練」として受け止める

こういった対処です。

多くの方のプライバシーに接してきましたが、現実をみてまいりますと、
世間一般の価値観や「あるべき姿」とは異なる姿に、
最適解があるように思います。

こうした非常識として思われる有り様は、
人によっては度肝を抜かすかもしれませんが、
本質を突いた有り様であると思っております。

手前味噌ながら、深い慮りがあったりします。

というわけでして、ウルトラ長文の記事。
8000文字近く。
最後まで読まれるかどうか^^;

でも、とても大事なお話しですね。