有名な著名人・宗教家の本当の姿

昨日は、某町へ。
ミニマリストをコーディネートしている方のお宅へ伺い、
いくつか実例を見せていただきました。

ミニマリストも行き過ぎると、どうなんだろうかと思うところがありましょうか。
決して諸手を挙げてミニマリストを推奨するわけではありませんが、
気まぐれな気分で、
「ミニマリストをすると、どうなるんだろうか、
という、いつもの好奇心からであります。

昨日は、ずっと某町で案内していただいて、ずっと散策。

いやあ面白かった。
ホント、面白かった。
物件も面白かったですが、いろんな話しも聴けましたし。

前々から薄々感じていたことですが、
著名人や有名人、あるいは成功者には、どうかな?と思う人もいるぞ、
というのがありました。

どうかな?というの言い方は曖昧なのですが、
要するに、人間的によろしくない、ということですね。
こうした方が、わりと多いということです。

いえいえ、これは何も、アンチテーゼ的な姿勢や、
ひねくれた考えからでは無く、
なんとなく感じるものでした。

自分自身、過去に某大企業の副社長を務めた方と
数年間、一緒に仕事をしたことがあります。

しかし、こういっては何ですが、見た目と異なる
エゴイズムな姿勢に驚かされ、
結局、自分自身も巧く利用されただけという
痛烈な体験もあったりします。

またキャリアがあったり、資格を保持している方にも
同じような傾向を見出します。
根っこの部分が大なり小なり似ています。

こうした自分自身の体験もあって、
いわゆる社会的成功者とか、著名人、そういった類の人は
よろしくない、と思うことが多くなっていきました。
 

昨日は、こうした感想を証明するような事例をたくさん知って、
「なるほど」と合点がいったり。

昨日、案内をしていただいた方は、
実は出版業界でもフィクサー的な方で、
表には出てきませんが、本を作り上げる上では、
とても有能な方でした。

ですので、数多くの著名人や有名人と深く接しています。
そこで垣間見られる人間像。

うなりましたね。
そして「やっぱりそうだよな」と腑に落ちる感覚。

もちろん著名人の全員が、人間的におかしい、
ということではありません。

優れた才能が評価されて、本人の意図とは別に
世間の注目を浴びる人などは、また別だと思います。

ですが、いったんスターダムの昇ったり、
著名になると、だんだんと名誉欲などが強くなっていくものです。

これは人間、誰しも陥るところであろうと思います。
ここを回避できる人は少ないと思います。

まして、これだけメディアが発達し、
しかもコマーシャリズムが軸になっている現代では、
いいように利用もされていきます。

文化・経済人も、タレントと同じで、
使い捨てにもされるでしょう。

全ては「お金のため」という欲望を満たすための道具です。
今は、こうした風潮はノリがとても多いです。

ですから、著名人や有名人とは、ちょっと危ないと思いますね。
全ての人が、そうとは限りませんが、
高い確率でそんな感じだと思います。

人知れず、世に埋もれているような人の中に、本当のものがあったりします。
これは特に宗教家に顕著です。
 

結局、著名人、有名人というのは、自分を宣伝する欲望が、
普通人よりも強烈ということです。

これは、どのジャンルでも同じです。
宗教や精神世界、スピリチュアルの分野でもそうです。

正確にいえば、その確率が高いといいうことです。

ちなみに、ブッダもイエスも、自分で経典や聖書を書いていません。
後世、編纂され作られたものです。
 

私たちは、著書を通して、その人の性格や人格を想像することが多い。
しかし、本から得られるイメージを過信してはなりません。
テレビなども同じです。

テレビに出ている人というのは、普通の人では考えられない
異常な欲望を持っているケースが多いといいます。
例外は少なく、成り上がり的な強烈な上昇志向やゴリ押しが半端ではないといいます。
見た目と違って。

異常な欲望を持った人は、どこかおかしいものです。
仏陀は、欲望が強く、煩悩が強い者を
「両端が燃えさかり、真ん中に糞が塗ってある棒のようだ」と評します。
ものすごい例えなのですが。

著名人や有名人を過度に信用してはならないと思います。
社会で成功している人も、もしかするとそうかもしれません。
むしろ警戒するくらいが丁度よいのではないかと。

今はネットが普及しています。
ネットで見つかる在野の専門家やその道に詳しい人のほうが、
案外、参考になりそうな気がします。

今まで、こうしたことを時々感じていましたが、
「やっぱりそうかもね」というのが強くなった感じです。