人生の教えはシンプルなのが実践に役立つ

シンプルな教えこそ実践に役に立つ

シンプルさは大切です。人生の教えもそうです。

なぜなら、シンプルであることは、実践レベルに落とし込んでいる証拠なのですね。エッセンスが凝縮されている。

よくスピリチュアルの本に目立つのですが、著者自身が分かっているんだか、分かっていないのかが曖昧なのがあります。

説明が中途半端であったり、複雑な言い回しをしているのがあったりします。

よくいえば、読者に考えさせる。悪くいえば読者を煙に巻いているといえますね。

複雑で難解な教えは役に立たない

けれども複雑な説明というのは、実は「実践向け」ではありません。

一見すると、その難解さが故に、高度で深淵な教えのように見えます。

が、所詮、表面意識で理解する程度で終わってしまうことが多く、体得するのが難しいことが多いものです。

ここに気がついている方は少ないかもしれません。

教えを習得するということは、表面的な思惟・判断を捨てていく必要もあるのです。

頭で理解する教えが、かえって邪魔になるというパラドックスがあったりします。

ですので難解な言い回しの「知識・教養」というのは実は底が浅いんですね。で、役に立たないんです。知的に満足し、納得することはあっても、実際に役立たないことが多いものです。

複雑な教えはビジネス向け

こうしたことは実践を続けていくと分かってまいります。観念や思考から離れれば離れるほど、つまり智慧が育まれてくるほど、体感でわかるようになります。複雑な教えや概念ほど役に立たないということが。

面白いことに、複雑なものは、大抵、ビジネス色が大変強くなっています。いえいえ、お金を取ることが悪いという意味ではないんですね。

中身に対して、あまりにも高額なセミナーやコースが用意されているものがあって、こういうのは「どうなのかな」と思いますね。

セミナーが決して悪いわけではないのですが、ハマりこませる装置があるのは気になります。

複雑でビジネス色の濃い教えは深みに欠ける

結局、複雑な体系を持っている難解な教えや、ビジネス色の強いものの本質は、人を縛り付ける「宗教」に似ています。

宗教団体のように退会が困難であったり、人間関係を縛り付けるのはありませんが、心理的に依存させている点で、新手の宗教とえいます。

この手の著者や提唱者は、何らかの体験をしているかもしれませんが、実はそれほどすごいことではないんですね。意外と想像も含まれています。中身そのものは浅薄だったりします。言っていることがありきたりで深みがありません。

神智学かその辺りを参考にしているな、という感じもしてきます。

これに気づかれないような書き方もしてあって、深みがあるかのように見せかけている、そんな印象もあります。

実践の教えよりも知識が役に立つ人もいる

しかしこうしたものが役立っている方々もいらっしゃいますので、否定はできません。役立っている方には良い教えであるとは思います。

ですが、ビジネスとして巧く利用されているなあ、と思う所があったりします。

この辺りは、人によって受け止め方が違いますし、役立っていることも事実ですので、一応、こうした見方ができるとうことですね。

簡にして要を得るこそシンプルな教え

複雑で難しい教えや体系は、知的満足を憶えることはあっても、実践に役に立つことは少ないものです。

現代人は、知的であることをありがたる傾向があります。これは戦後の知識偏重の教育の影響があると思います。

もちろん知識も大切ですが、これと同じくらいに実践に根ざした生きた英知が大事ですね。

で、生きた英知とは、シンプルになります。簡にして要を得る。これこそがシンプルさのことだったりします。

人生の教えで役に立つのも、まさに「簡にして要を得る」、そんなシンプルな教えだったりします。

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