自然体とは~イデオロギー重視でないこと、マインドが強くないこと、理想を無理にあてはめないこと

自然体。

無理がなく、無理を強いることなく、それでいて自由であり、融和的。

しかし、実際に運用するとなると、いろいろと出てきます。

特に「調和」。

この観念の受け止め方は、人それぞれでしょう。
しかし、「調和」こそ、無理がなく、無理を強いる状態ではありませんね。

イデオロギーに染まると悪良識になる

人によっては、自由とか、愛とか言うと、そのイデオロギーを完全に守ろうとします。
といいますか、理想的になっていないと「それは違う!」とか言い出します。

ですが、こうした受け止め方は完全な誤りです。
少なくとも実際的ではありません。

理念やイデオロギーにかぶれると、「理想が出来て当たり前」、「できないのはオカシイ」とか言い出します。

「誰でも受け入れるのが愛だろう」とか。

こういうのは志としては正しい。
しかし、現実を無視した空想とそう変わりがありません。

ですのでこれを「悪良識」ともいいます。

現実的でなく、無理を強いるやり方なのですね。
本質は。

しかし、理想やイデオロギーに染まり過ぎると、こうして無理を通すことそ「正しい」と勘違いしだします。

またイデオロギーに支配されていますので、物事を白黒の二元論でしか判断できなくなります。

これはいろいろと問題や迷惑を引き起こします。

自然界の有り様にこそ無理のなり穏やかさと調和のヒントがある

自然体とは、イデオロギーに染まり過ぎることなく、無理がなく、穏やかなな調和に満ちたものだと思います。

自然界の通りです。

同じ種族、属性のものは、互いに遭い依って共生します。
それぞれが、それぞれのコロニーを形成して、共生します。

人間に当てはめれば「相性」とか、そういう言い方ができます。

全ての生き物が共生、なんていうのは絵空事です。
イデオロギーにかぶれると、こういう自然な状態が分からなくなります。

もちろん生態系は、全体としては共生しています。
ですが、それぞれ属性の合うものが、コロニーを形成して共生しています。
こうしたコロニーが複数寄り合い、拮抗もし、作用しあって、共生圏を作り出しています。

自然界の有り様にこそ無理のなり穏やかさと調和のヒントがあるわけですね。

現実を無視して理想にあてはめるのは愚かなこと

しかし、人間は、「どんな人とも仲良くしようね」と理想をいって、これを無理に実現しようとしたり、あてはめようとします。

志としては立派ですが、現実を無視しているわけですね。

人には「相性」や「キャパシティ(受容力)」があります。
こうした現実を踏まえて、「出来る範囲」で行動する人が知恵ある人の対応です。

相性等を無視して、無理に理想を実現しようとすれば、必ずストレスを受けて、次第にイライラして、不和を招きます。

犬は犬同士、猿は猿同士共生すれば問題はあまりありません。
しかし犬と猿を一緒にすれば喧嘩になります。

これと同じです。

マインドが強くなると人間は愚かになる

人間は、頭脳が働く分、イデオロギーが優ってしまうことがあります。
そして、イデオロギーという「ものさし」を何事にも当てはめようとしる人も出てきます。

しかし、こうした智の働き過ぎを「マインドが強い」と言っています。
理屈は通っているのですが、なーんかオカシイと感じるのが、「マインドが強い」特徴です。

「マインドが強い」になると、とかく問題が出てきます。
反自然的です。
愚かです。

宗教的な理解においても、マインドで理解すれば、誤りになります。
「みんな仲良くしよう」「誰をも受け入れよう」としても、無理に行えば、必ず行き詰まり破綻します。

現実を無視しているからです。
現実を度外視した考えは「マインドが強い」です。

科学には「マインドが強い」ことが多々あります。
といいますか、科学は「マインドが強い」世界です。

遺伝子組み換えなど、「マインドが強い」現れの最たるものです。

「マインドが強く」なってはなりませんね。
そうではないスタイルこそ「自然体」に近くなります。