植松努さん「どーせむり」から転じての成功談が感動的

植松努さんの「どーせむり」

植松努さんのお話し。
聞きました。

Hope invites | Tsutomu Uematsu | TEDxSapporo

素晴らしいですね。
感動的です。

不撓不屈の精神で諦めずに、
目的を達成しようとする奮闘精神。
本当に素晴らしい。

「できない」と思えばストッパーがかかる。
その通りなのかもしれません。

否定的な観念や考えは人生すらも誤らせることがある

で、植松努さんの体験のコアは、
「どーせむり」はに象徴される「否定的な観念や考え」が、
自分にストップをかけ、性質までをねじ曲げてしまうことへの警鐘ですね。

「どーせむり」に犯されると、性格も歪んでしまい、
周囲にも冷たく当たってしまい、
誤った人生観すら持ってしまうと。

ですので、「どーせむり」というのはよろしくない、というものですね。

ごもっともです。
その通りです。
自他共に、基本的に肯定的であるのがいいですね。

肯定的な考えに加えて「智慧」も大切

ですが、一つ、二つ提言させていただきますと、
「智慧」も必要ですね。

なぜなら智慧がありませんと、ズレてまいるからです。
暴走することもでてきます。

プラス思考、ポジティブシンキングの暴走ということも実際に起きています。

肯定的な考え、ポジティブシンキング、
「できない」とはいわないとしています。
で、こうした姿勢は大切です。

ですが、これらに加えて「智慧」がありませんと、
なんでもかんでも「いいね、いいね」とか、
「なせばなる!」となってしまいがちです。

これでは、現状認識を欠いてしまい、分別や適切を欠き、
周囲に迷惑をかけてしまうことも出てきます。

実際、行き過ぎた「プラス思考」や「ポジティブシンキング」
によって、失敗も起きています。
行き過ぎた過激な「ポジティブシンキング」を見聞していますと、
無理なことに突進していく「無謀」としか思えなくなります。

やはり全体を俯瞰しないで、バランスを欠く姿勢は、
すべてにおいてよろしくありません。

「どーせむり」が傷痕やトラウマにならない人もいる

あと、「できない」「無理だ」と言い続けても、
傷痕やトラウマにならない人もいます。

否定的な言葉はよくないのは確かですが、
その否定的な言葉で、性格が曲がったりしない人もいます。

むしろ、智慧のある否定によって、
誇大妄想の夢から目を覚まさせたり、
おかしなことを口走らせない
ストッパー効果が出てくるときもあります。

行き過ぎたポジティブさを是正するということですね。
結局、人それぞれということになりますね。

けれども原則的にいえば、
否定的なのはよろしくないということですね。

智慧も必要ということですね。
人によってはブレーキをかけることも必要ということですね。

大事な「器」「器量」の視点

ところで、人には、それぞれの「青写真」といいますか、
「器」があります。

で、そうした青写真なり器において、
「綺麗に咲かせること」が、
それぞれの人生の目的にもなると思っています。

なので、自分の「器」を知っておくと、
何かとよいかと思います。

人によっては、起業して成功するタイプもいます。
そういう人は、起業家の「器」があります。
お顔の相も金銭に縁のある顔をしていますし、
体相も独立型というのがあります。

その人の器を否定することがよくない

「どーせむり」ということが「よくない」とすることの本質は、
その人の器における「可能性を否定しない」ということなのでしょう。

「器」の否定、これをしないことですね。

「どーせむり」ということが、
「全て悪い」というのではありませんね。

「その人の可能性や器を成長させない」ような
「どーせむり」が、よくないということなのだと思います。

分相応・身の丈に応じるといった智慧と判断力も必要

事実、数多くの実例や現実を見ていますと、
その人の器を超えることへの挑戦は、
やっぱり「無理」なことが多かったりします。

「無理なこと」は、やはり存在しています。
こればっかりはしょうがない。

で、これをあえて犯して冒険すると、
とんでもない損失を招くことがあります。
取り返しのつかない失敗を犯すこともあります。

だから、
 「分を知る」
 「分相応になる」
 「身の丈に応じる」
といったことが昔からも言われているのでしょうね。
で、こうした智慧なり判断も必要です。

何でも「できる」とするのは無謀になるときもある

しかし、こう言いますと

 「なんて否定的な考え方なんだ」
 「可能性を否定する見解だ」
 「傲慢だ」

といった具合に、お怒りになる方もいらっしゃるかもしれません。

たとえばプラス思考を強固に信じて、
「何事も絶対になせば成る」と
頑なに信じている人とかですね。

志は立派なのですが、
頑固といいますか、意固地になっていると思います。
「プラス思考信者」になっているかもしれません。

智慧のある「プラス思考」「ポジティブシンキング」こそがおすすめ

「なんでもできる」といった信条は、
時ととして一種の宗教になることがあります。

ポジティブシンキングを絶対視しますと、
周囲が見えなくなったり、
適切な判断力を失ったりして、
これはこれで危険です。

やはり、状況や状態を見極める
適切な判断力なり、分別は欠かせません。

でなければ、無謀、無茶、自滅、玉砕の道すらも、
突き進んでいくことになりかねません。

太平洋戦中、ビルマ(現在のミャンマー)で敢行された
「インパール作戦」そのものです。

智慧を欠いた精神論。

だからこそ、「智慧のあるプラス思考・ポジティブシンキング」が
必要になってくるわけですね。

引くときには引く勇気もポジティブシンキングの一つ

ですので、
 「それは無理」
 「できない」
と言うことのすべてが、
決して諦観的で否定的なニュアンスではないんですね。

むしろ、謙譲さや洞察に基づく、
事実認識だったりすることがあります。

これはバランス感覚に裏付けられた
「プラス思考」といっていいでしょう。

あるいは「現実性を押さえたプラス思考」。
引くときには引くことができる勇気ある決断も
ポジティブシンキングの一つになります。

時として、引く行動も取れる「プラス思考」「ポジティブシンキング」こそ、
智慧のある有り様だったりします。

短絡的に「何でもできる」「できないことはない」とするほうが、
実は危険だったりします。

人生の一大事、難局を切り抜けるためには植松努マインドが功を奏する

しかしながら、立志伝中の人の苦労話を聞いていますと、
「絶対にできると信じて突き進む」ことが「正しい」と思えてきます。

「無理として引いてしまう」ことは、
できるだけしない、とも思えてきます。

それもそのはずです。
立志伝中に出てくる方は、
皆さん、壮絶な苦労を乗り越えてきた方だからです。

体験に裏付けられたパワフルさがあります。
「できない」などと言ってはおられません。
「できない」と言っているほうが甘ちゃんに聞こえてきます。
これは、やはり苦労人ならではの説得力だと思います。

で、こうしたパワフルさは、
現状を打破するインフルエンサーになります。
素晴らしいですね。

人生では、白でも黒、黒でも白を言い張って、
突き抜けていく必要が求められるときもあります。

「できない」とか、泣き言ばかり言っていないで、
ガムシャラに行って、突き抜けていく必要もあります。

そうしないと、路頭に迷ってしまう
崖っぷちなときだってあります。

「人生の一大事」のとき、難局に陥ったとき、
植松さんのようなパワーが助けになります。

励みになります。
植松努マインドが功を奏します。

植松さんは、こうしたことを後押ししてくださる存在でもあると思います。

「インフルエンサー」。

また、こうした姿勢を貫いてきたからこそ、
植松さんご自身が、その「器」の中で、
大輪の花を咲かせたんだと思います。

心を入れ替え改心することの素晴らしさ

あと、植松さんが、改心されたこともまた、
素晴らしいお話しです。

「人を押しのけても自分さえ良ければいい」といった
刹那的で利己的な生き方が悪いことに気づかれ、
改めることができたのは本当に素晴らしいことですね。

こうしたことは、個人の体験に止まらず、
企業単位にも影響が出てくるといいですね。

零細、中小企業を圧制して廃業に追い込む勢いの
巨大資本を背景としたグローバリズムの流れへの
抑止となって欲しいところですね。

「どーせむり」に象徴される植松努さんのお話しは感動的です。

2015/02/03 09:06:00

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