輪廻転生はロシアン・ルーレット~死の刹那(瞬間)に生じる有分心(ババンガ)が来世の状態を決定する

「異熟(いじゅく)」。
これは仏教の言葉です。
人間を形成する「核(コア)」となる重要な要素をいいます。

資質、性情、才能、嗜好、または考え方といった、
その「人となり」を特徴付ける最重要ファクターです。

ところで何故、「異熟」かとえいば、時空を超えて熟するからになります。
時空を超えるとは、つまり、前世という生涯を終えて、
現世に転生するということです。

前世の死の刹那に形成された「因」は、
時間と空間を超えて「異なる」世界(現世)で「熟する(結生化する)」から
「異熟」というわけです。
 

と説明しても、ナンノコッチャと思うかもしれませんが。
原始仏教では、転生の仕組みを、このように分析し説いています。

この「異熟」は、前世の死の直前に数回生じる
「有分心(ババンガ)」という心によって形成されます。

死の刹那(瞬間)には、心が数回ポンポンポンポンと生じます。
そして、これのどれかが、次の生(来世)を決定する「因」となります。

もしも、このとき、後悔の心が生じたなら、然るべき世界に転生。
もしも安楽で喜びの心が生じたなら、天界か人間でも良い状態で転生。

死の直前に数回顕れるわずかな「心」が、
来世の自分を決定するわけですね。

死ぬ瞬間に生じる心で、転生先が決まってしまうというのは、
まるでロシアン・ルーレットのようですが、
実際、この通りですので、生命の転生とは、誠に深淵かつ微妙です。

しかもロシアン・ルーレットのように決まった因子は、
転生先では「異熟」となって、大変大きな作用を及ぼします。
 

とはいっても、亡くなる前の数ヶ月くらいから、
転生先の光景なりが見えたりして、
おおよその行く先はわかってくるといわれています。

決してロシアン・ルーレットではなかったりします。
ただ、死の刹那に数回生じる心によって、来世の行く先と状態が
決まってしまうということですね。
 

輪廻転生は、不確実性のあるメカニズムで、
転生先が、一体、どうなるかは、凡人ではコントロールできません。

生命とは、こういう不確実性なシステムの中で輪廻転生しています。
だから仏教では、輪廻転生システムの束縛からの脱却、終焉、
つまり「解脱」を目指すようになるわけです。

「解脱」とは、輪廻が止み二度と再生(輪廻転生)しないことをいいます。