輪廻転生をする理由は有分心(ババンガ)という死の瞬間に生じる心

輪廻転生をする理由は有分心

輪廻転生をする理由は一体何でしょうか?
魂の向上のため?
業を精算するため?
それとも単に因果応報の連続として生まれ変わっているだけ?

いろいろな説もあります。

しかしながら原始仏教では、輪廻転生する理由は、死の瞬間に「有分心(ババンガ)」が生じるからだとしています。

実のところ原始仏教では、輪廻転生(生まれ変わり)の理由と仕組みを大変精密に分析し解明しています。

で、輪廻転生をする理由を知るためには、
・異熟(いじゅく)
・有分心(ババンガ)
を知っておく必要があります。

異熟という心

「異熟(いじゅく)」

これは仏教の言葉です。
人間を形成する「核(コア)」となる重要な要素をいいます。

資質、性情、才能、嗜好、または考え方といった、その「人となり」を特徴付ける最重要ファクターです。

ところで何故「異熟」かとえいば、時空を超えて熟するからになります。時空を超えるとは、つまり前世という生涯を終えて、現世に転生するということです。

前世の死の刹那に形成された「因」は、時間と空間を超えて「異なる」世界(現世)で「熟する(結生化する)」から「異熟」というわけです。

と説明しても、ナンノコッチャと思うかもしれませんが。原始仏教では、転生の仕組みを、このように分析し説いています。

有分心(ババンガ)は死の瞬間の心

この「異熟」は、前世の死の直前に数回生じる「有分心(ババンガ)」という心によって形成されます。

異熟を決定するのは、死の瞬間に生じる「有分心(ババンガ)は」という心なわけですね。

死の刹那(瞬間)には、心が数回ポンポンポンポンと生じます。そして、これのどれかが、次の生(来世)を決定する「因」となります。

もしもこのとき、後悔の心が生じたなら、苦しみの世界に転生。もしも安楽で喜びの心が生じたなら、天界か人間でも良い状態で転生。

死の直前に数回顕れるわずかな「心」が、来世の自分を決定するわけですね。

輪廻転生はロシアン・ルーレット

死ぬ瞬間に生じる心で、転生先が決まってしまうというのは、まるでロシアン・ルーレットのようですが、実際、この通りですので、生命の転生とは、誠に深淵かつ微妙です。

しかもロシアン・ルーレットのように決まった因子は、転生先では「異熟」となって、大変大きな作用を及ぼします。

とはいっても、亡くなる前の数ヶ月くらいから、転生先の光景なりが見えたりして、おおよその行く先はわかってくるといわれています。

決してロシアン・ルーレットではなかったりします。ただ、死の刹那に数回生じる心によって、来世の行く先と状態が決まってしまうということですね。

輪廻転生は不確実性のメカニズム

輪廻転生は、不確実性のあるメカニズムで、転生先が一体、どうなるかは、凡人ではコントロールできません。

生命とは、こういう不確実性なシステムの中で輪廻転生しています。

だから仏教では、輪廻転生システムの束縛からの脱却、終焉、つまり「解脱」を目指すようになるわけですね。

「解脱」とは、輪廻が止み二度と再生(輪廻転生)しないことをいいます。不確実性要素に満ちた輪廻転生。

仏教が解脱を掲げる理由も、こうした生命の理不尽な側面もあるのでしょう。

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