みんなニッコリ、ハッピーで

私は、シンプルに「みんなニッコリ、ハッピー」というのがいいと思っています。

厳密にいえば、こうした有り様の背後には、精妙な感性があることが前提ですね。

精妙な感性。
それは精妙な知性と感受性といっていいかもしれません。で、こうした精妙な知性と感受性が、自己観察の足場になるんですね。

で、これらがありませんと、おそらく悟り修行は難しくなるんじゃないかとも思います。表面的に修行次第をなぞってしまったり。形だけの修行になってしまったり。

大事なことは、自分の内側で起きている心の有り様ですね。ここに気づくことができるかどうかってことです。
 

で、気とかチャクラとかクンダリーニというのは、こうした観察をしている中で副産物として生じます。少なくとも私はそう思っています。

で、クンダリーニに関してもいろんな情報があります。大事なことは、その発信者の清らかさですね。

クンダリーニはエネルギーですので、善も悪もありません。気も同じです。気にも善も悪もありません。

クンダリーニにしろ、気にしろ、それが清らかであるかどうかが大事なんですね。そのパワーの強弱ではありません。清濁が大切なんです。この辺りは気功の世界とは違うかもしれませんね。
 

で、クンダリーニに関する本では、神智学協会の三代目党首のG.S.アランデールがまとめた「クンダリニ―ある奥義体験」がおすすめだったりします。

この冊子は、クンダリーニを活性させる方法については、ほとんど具体的なことは書いてありません。しかし大変有益な冊子です。

そもそもクンダリーニは、意図的に開発しないほうがよいと思います。この書も、そういうスタンスです。

慈悲、善、徳行、あるがまま、といった徳性が身について、深まってくると、ある日、ある瞬間にスイッチが入ります。
 

で、スイッチが入ったときに、
1.一気にクンダリーニが活性するタイプ
2.ゆっくりと(徐々に)クンダリーニが活性するタイプ
にわかれます。

一気に活性するタイプには、天啓気療の北沢勇人先生、ゴーピ・クリシュナらがいらっしゃいます。

で、このお二人とも、壮絶なクンダリーニ症候群を体験をしています。クンダリーニが、身体に馴染むまでの変容がすさまじい。

準備が出来ていて、自然にスイッチが入ったにも関わらず、死亡寸前になるほどの壮絶なクンダリーニ症候群の苦しみを体験します。クンダリーニがいかに危ないか、激しいかということですね。

インドでは発狂する人も出てくるといいます。確かに、そういう強烈なエネルギーだと思います。

クンダリーニは、一気に活性するのではなく、徐々に活性していくタイプもいます。

で、このタイプがもっとも多くなります。それでも、クンダリーニ症候群的なことが起きます。
 

G.S.アランデールがまとめた「クンダリニ―ある奥義体験」には、クンダリーニに関するあれこれが説明されています。

G.S.アランデール自身が、クンダリーニを活性していることがわかります。で、この書にある通りだったりします。

クンダリーニが活性すると、感覚が鋭敏になります。瞬間的に物事を察知し、理解する能力は、クンダリーニのこの性質によるものです。

しかし一番、影響を受けるのが脳です。脳圧を感じるようになります。脳は、身体全体を管理している中央制御装置のようなものです。全身に高まったエネルギーの圧を、脳は感じるようになります。

しかしこうしたことを知りませんと、いたずらに偏差だのといって、見当違いな対応やアドバイスをしてしまうようになると思います。クンダリーニ関係は、それを体験した人に話しをするとか、相談しませんと、かえっておかしくなってしまうことがあるんじゃないかと思います。
 

クンダリーニは、自然に点火する性質があります。過去世で指導者であったりマスター、仙人であった人は、現世でいきなり一気に活性するんじゃないかと思います。

あるいは、先述の通りで、慈悲に生き、善に生き、徳を積み、高次の心と波動を放つ存在になろうと、長年努力し、継続し、それが身について深まってくると、準備が整ったことになって、自然に点火するんじゃないかと思います。

通常は、少しずつ活性していきます。ネットにある情報も、ほとんどがこのタイプです。

少しずつ活性しても、その活性のレベルには個人差もあります。超能力が出てくる人もいます。
 

しかし悟りの文脈で必要なのは「気づき」の意識だったりします。リチャード・モーリスバックは、これを「宇宙意識」といっています。

しかし「気づき」も、「宇宙意識」も、同じことだったりします。

そして、気づき、宇宙意識が強くなると、サマーディとなります。初禅に似た意識です。これが宇宙意識。

ワンネスとよばれるものの、これが通常の意識状態になります。気づきが色濃くなった状態です。

この段階に来ると、アジナーチャクラとサハスララチャクラといった頭部のチャクラの活性が起きます。
 

興味深いことに、「増支部経典 三集 第五 一掬塩品 92-4」には、預流果になると、まさに宇宙意識としかいいようの無い初禅のサマーディ意識が生じることが伝承されています。

大変、興味深い。
てか、一致します。

といいますか、リチャード・モーリスバックらが指摘する宇宙意識こそ、覚醒の証なのかもしれません。

ただし原始仏教では、ナントカ意識という言語化はしません。なのでわかりにくくなっている。また原始仏教(テーラワーダ仏教)では、チャクラやクンダリーニの説明はありません。

しかし、こうした記述から、言語化されていないけれども、チャクラやクンダリーニが関わっていることがわかります。

原始仏教(テーラワーダ仏教)には、気(プラーナ)、チャクラ、クンダリーニといった記述はありませんが、こうした身体生理の変容がありませんと、高次の意識や悟りは起きにくいと思います。
 

ちなみに神通力もそうですね。パーリ仏典、漢訳阿含経には、ブッダや弟子たちの時にユーモラスな神通力の話しもあったりもします。

確か、ある比丘は、いつも托鉢でご飯をいただいている在家の人を、神通力で人助けもしているんですね。暴漢に襲われそうになったのを、天耳通で見て、神通力で助けたんですね。

あるいは、これまたいつもお世話になっている在家の娘さんが、草木で冠を作ったところ、神通力で黄金の冠に変えて、その娘さんを喜ばせてみたり^^

神通力で、そんなナイスなサービスをしていたんですね^^てやんでえ、粋なはからいをしやがって(グスっ)

ブッダも、雨安居という雨期に、亡くなったお母さんがいる天界へアストラル・トリップして、お母さんに会ってみたり^^

ま、お母さんにダンマを教えたようですね。亡くなったお母さんにダンマを教えるとは。映画のような話しです。

で、ブッダが、ずーっと天界でお母さんと会っているので、弟子のモッガラーナも天界へジャンプして、ブッダを呼びに行ったという話しもあります^^ほほえましい(笑)

こうした神通力に関するエピソードも、経典にあったりもします。
 

ブッダが在世だった頃の仏教って、どこかほのぼのとして、ユーモラスだった感じがするんですね。

神通力で、こんな粋なサービスをしているんですもん。なんとも微笑ましいじゃないですか。

人がやさしくなれて、あたたかくなって、ほっこりする。神通力を、そんな目的で使っていた様子も浮かびあがってきます。

みんなハッピーであろうとするのが、仏教の骨子だったと思うんですね。それを難しくいえば、慈悲、四無量心とか、仏教の専門用語で語られてしまいます。

が、わかりやすくいえば、「みんなニッコリ、ハッピーで^^」そういうことですね。

で、そういうシンプルな有り様で、いいと思います。難しい言葉を並べて知的に理解するのもいいんですが、もっとシンプルに「みんなニッコリ、ハッピー」とも言えるんじゃないかと思いますね。

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