陰謀論に注意~疑心暗鬼にハマる恐れを回避するのは公明正大さ

日本国内だけでなく、海外の政治・経済などを含めて、世界の情勢とかの話しになりますと、とかく憶測が多くなってきます。

この憶測、ともすると疑心暗鬼にさせてしまうことがあります。

実はここに大きな落とし穴があると思っています。
人間、いったん疑心暗鬼に取り憑かれると、だんだんと気持ちも滅入ることもでてきます。一種の不安心理ですね。

ですので、自分で確かめることができないことや、確信が得れないことは、あれこれと憶測を交えて考えすぎないほうが、実は「正解」だったりします。

分からないことはわからない。
「分からない」として棚上げしてしまうほうが、よい場合があります。

公に関することは公明正大な姿勢が大切

世界の情勢もそうです。
この前に書いた「スライブ」という映画もそうですね。

映画スライヴ:合気道の精神が世界を救う~フリーエネルギー・通貨発行の問題に切り込むドキュメンタリー

内容の真偽は判断しかねる部分もあります。
こういうのは、本音をいえば、気楽に受け止めることが大切だと思っています^^;
内容も小説のような箇所もありますしね。

で、真偽のほどは分かりません。
本当なのかもしれません。
勘違いなのかもしれません。
ですが、あの映画で良いなと思ったのは「どう対応するか」といった現実的な提案があったことです。

仮に陰謀があっても無くても、物事は「公正の元に進めていく」。
「隠し立てをしないで、赤裸々にして進めていく」
ということでございます。

公共や公に関することは、隠し立てをしないで事実を明るみにして探していく。こうした公明正大な姿勢が肝要です。事実を明るみにしていくということは大切なことですね。

あの映画の内容云々よりも、「問題は公明正大」にしていくことで「問題解決につながる」ということ。これが大きな収穫でした。

公明正大であれば疑心暗鬼にならない

公明正大であれば、疑心暗鬼にもなりません。
仮に、わけのわからない謀(はかりごと)があったとしても、ありのままに事実を露呈すれば、陰謀は力を失います。

謀(はかりごと)が謀(はかりごと)として作用できるのは隠されているからですね。
謀(はかりごと)は明らかにされた時点で、力を失う性質があります。

これって、実はものすごく重要なことだったりします。
悪を封じる有効な対応なのですね。

現代では情報の拡散スピードと、その量の多さは圧倒的です。
インターネットの登場のおかげです。
もっとも厳密にいえば、ネットにも不安要素があります。

ウソや欺瞞、悪、謀(はかりごと)は明らかにされることを嫌う

ですが、こうした情報公開の流れは、一つの動きとなって決して止まることはないでしょう。
「事実を明るみにする」ということが続き、そして公明正大な姿勢を持ち続けるなら、悪が栄えることはまずありません。

恐怖や不安による支配は、実は脆いものです。
長くは続きません。
長く続くのは、その実体が明るみにされないからです。

ウソや欺瞞、悪というのは、白日の下にさらされることを嫌います。
謀(はかりごと)は明らかにされることを嫌います。
白日の下にさらされると、とたんに力を失います。
暗闇の世界で生きる性質のものだからですね。

心を明るくし未来に希望を持つことが大切

ですので、こうした諸問題に取りかかる場合、疑心暗鬼にならず、自分の心の中に暗闇を作らないことですね。暗闇ができれば、ウソや欺瞞と同レベルになってしまいます。

いわゆる「隠謀論」の世界にはこうしたネガッティブなエネルギーが漂っているのは、公にすることを拒む隠し立てのエネルギーがあるからです。恐怖や不安と、秘匿・隠蔽は、同じ土俵のエネルギーです。

だからこそ肝心なことには心を明るくし、そして未来に希望を持ち続けることだと思っています。そうすれば、かならず明るい未来が訪れます。

大丈夫。
きっとよくなる。
未来は明るい。
そう信じています。