原始仏典Ⅰ(春秋社):パーリ仏典(雑阿含経に相当)~春秋社と大蔵出版どちらがよいか?

原始仏典Ⅰ(春秋社):パーリ仏典(雑阿含経)

いやあ、元旦早々、クロネコヤマトが運んでくださいました。ありがたいですね。

しかも「原始仏典」のお経です。

パーリ仏典「相応部」です。
漢訳仏典では雑阿含経に相当する箇所ですね。
いやあ、春から縁起がいいですね。

春秋社と大蔵出版では原始仏典シリーズを刊行

原始仏典は、春秋社から発刊されているシリーズものの経典翻訳本です。

パーリの仏典を、初の日本語訳として、随時刊行しています。

ですが、大蔵出版からも、同じように相応部の経典の翻訳本が出ています。

実は、春秋社と大蔵出版は競い合っています。

春秋社の原始仏典は安いが翻訳に問題がある

春秋社は比較的安いです。
安いといっても、一冊1万円くらいします。
あと、字が大きいので読みやすい。

しかし、翻訳者の中に、ちょっと首をかしげる方がいて、時々おかしな翻訳のまま平気で掲載しています。

春秋社は、これがあるので、本当はあまり買いたくないです。

大蔵出版の原始仏典がおすすめ

で、大蔵出版のほうが翻訳がいいんですね。
翻訳している方が、片山一良先生です。

片山一良先生は、自らも坐禅をされています。
ですので実践に即した翻訳が出来ているところがあります。

実際、スマナサーラ氏も片山一良先生の翻訳を誉めているくらいです。

実践にそっているんですね。
ですから片山先生の翻訳本を読みたい。

ですが、大蔵出版のほうは高額なんですね。
これが痛い。

それと、字が小さいため、少々読みにくい難点があったりします。

また刊行するのが遅い。

そういうことがあってやむなく春秋社のほうを購入しています。
翻訳があまり上手でないのが難点ですが。

学問的な仏教は文献研究や翻訳に役立つ

で、仏教は実践してナンボの世界です。
頭でっかちで、知識や概念だけでは実はダメです。

東大で原始仏典を研究している評判の論文もあります。一冊1万円くらいしますが。

四諦と縁起支の変遷があり、これがそのまま修行の変遷となったとする論文です。

しかし、この論文で言っていることは、違うと思います。単に言葉の使い方が変わっただけで、中身は同じです。

四諦も縁起も、本質は同じです。
同じでりながら、言葉の用法の違いにこだわりいすぎて、本道を見失っています。
理屈としては興味深く、面白く読めますが。

知識人は、言葉にとらわれすぎていて、観念、概念、言葉の使い方を軸にして論を展開していきます。

これが典型的な学者のやり方です。

しかし実践の立場からすればあまり参考になりません。

学者的なアプローチは、仏教を文献的に研究したり翻訳するには効があります。

しかし観念の世界に人を縛り付けてしまうリスクがありますので、実践レベルでいいますと有害になることが多かったりします。

しかも、実践をしておらず、テキストだけの情報だけで考えますので、言葉と観念がうわずった机上の空論が多く、実践に役立たないだけでなく、有害な見解や理論を出すことも少なくありません。

実践を伴わない学問仏教

と、ちょっと批判的なことを書きましたが、学問的なアプローチは、学問的なアプローチが活かされるところと、活かせないところがあるということですね。

学問的な仏教を、本当の仏教とするのは完全な誤りです。

経典を翻訳するということ自体は、学問的なアプローチが役立ちます。

といいますが、必須であり、独擅場ですね。
本領発揮です。

相応部経典は雑阿含経

今回発刊されたの原始仏典は相応部です。
相応部は、修行や教えのエッセンスが項目別に並べられたものですね。

漢訳阿含でいえば雑阿含経になります。

相応部経典は、とにかく面白い。
中身が整理されているため、同じテーマのものがそろっています。
漢訳阿含の雑阿含経にも、テーマ毎に整理されているため、
目を見張るお経にも出会うことがあります。

さて、相応部経典の原始仏典、中身はいかほどに。
読書の楽しみがまた一冊増えました。

いえ、経典の場合は、読書というより、学習ですね。

日本語訳初の刊行ですので楽しみです。

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