元旦早々、原始仏典Ⅰ(春秋社)が届く~教えのエッセンスが項目別に並べられたパーリ仏典(雑阿含経に相当)

いやあ、元旦早々、クロネコヤマトが運んでくださいました。
ありがたいですね。

しかも「原始仏典」のお経です。

いやあ、春から縁起がいいですね。
 

それにしても元旦は、昔のような元旦らさしはなくなりました。
もはや元旦は、休日の一つですね。

近所のツタヤも元旦から営業しているし。
しかし近所のツタヤ昔は、今では息子さんががんばって店を切り盛りされていますね。
両親に継いでお店に立っています。
がんばれ、日本の小売業!って感じですが。
ツタヤもFCですので、近所の書店も途中からツタヤに代わっています。

時代は今、セブンイレブンのようにFC化が進み、大手資本が最強状態です。
あと、タックスヘイブンを使った税金を払わない企業もあります。
あるいは、某ネット通販企業がリアルな小売業を押しつぶすことも出てきています。
新しい新興図も作られています。
 

ですが、こういったものもあと何十年か経てば、また構図は変わっていくでしょう。
かつてのデパートがそうでした。

天下無敵の勢いだったデパートがもう斜陽です。
どういった産業、事業も、栄枯盛衰がありますね。

今後、モノ作りがもっと簡単で敷居の低いものになっていくはずです。
そうなると、やっぱり中小、個人の時代が再びやってくると思います。
中小、個人でも、そこそこ良いものがわりと簡単に作ることができて、
それを販売できる。きっとそういう時代が来ると思います。

なぜそう言えるかといえば、今のようなネットの出現です。
ネットの出現、予想もしませんでした。

しかも、個人レベルで、こんなに発言が出来て、マスコミを脅かす存在になっています。
カオスシナリオを読まなくても、従来のメディアは崩壊していくのは明らかですね。

同じようなことが製造やモノ作りにも起きます。
いずれ。
実際、3Dプリンターも登場していますしね。

XYZプリンティング3Dプリンター|ダヴィンチ1.0 pro|オートキャリブレーション機能付:オープンフィラメント可:ABS対応:造形サイズ200×200×200mm::レーザー刻印機能拡張可:積層ピッチ0.02mm~:高性能:3F1AWXJP00F

3Dプリンターは、今や2万円~10万円くらいで購入できますからね。
個人でクリエイティブなことは、ますますできる時代になってきています。
仮想通貨も登場していますしね。
 

この変革は、消費者マインドも変えていくでしょうね。
というのも、消費者は、単にものを買うだけではなく、
そこに各種のサービスがあると安心するからです。
通販では何かあったときの対応が後手になります。

機器は、年々、操作も難しくなっているといいますか、
すぐには憶えられないものも出てきます。
こうなると、使い方を含めて、まめに対応していただける所がよくなります。

それと「共生」といったことが、時代を経るにしたがって重視されていくと思っています。
ただモノを売る、買うだけでなく、「共生」ということを重視する時代がやってくると思っています。

「中小や個人のほうが良い」という認識が広がっていく時代が来るとは思います。
 

ですが、それまでは、大手が席巻し、グローバリズムやユダヤ普遍主義に彩られた
独り勝ちな勝ち組企業が大手を振って闊歩していくのでしょうね。
 

と、話しを戻しますが、元旦から宅配便でホンが届いたわけですね。

開けてみると「原始仏典Ⅰ」

ホント、元旦から縁起がいいですね。

原始仏典は、春秋社から発刊されているシリーズものの経典翻訳本です。
パーリの仏典を、初の日本語訳として、随時刊行しています。

ですが、大蔵出版からも、同じように相応部の経典の翻訳本が出ています。
実は、春秋社と大蔵出版は競い合っています。

春秋社は比較的安いです。
安いといっても、一冊、1万円くらいします。
あと、字が大きいので、読みやすい。

しかし、翻訳者の中に、ちょっと首をかしげる方がいて、
時々おかしな翻訳のまま平気で掲載しています。
春秋社は、これがあるので、本当はあまり買いたくないです。

で、大蔵出版のほうが翻訳がいいんですね。
翻訳している方が、片山一良先生です。

片山一良先生は、自らも坐禅をされています。
ですので実践に即した翻訳が出来ているところがあります。

実際、スマナサーラ氏も片山一良先生の翻訳を誉めているくらいです。
実践にそっているんですね。
ですから片山先生の翻訳本を読みたい。

ですが、大蔵出版のほうは高額なんですね。
これが痛い。
それと、字が小さいため、少々読みにくい難点があったりします。
また刊行するのが遅い。

そのためやむなく春秋社のほうを購入しています。
翻訳があまり上手でないのが難点ですが。

やはり仏教は実践してナンボの世界です。
頭でっかちで、知識や概念だけでは実はダメです。

東大で原始仏典を研究している評判の論文もあります。
一冊1万円くらいしますが。
四諦と縁起支の変遷があり、これがそのまま修行の変遷となったとする論文です。
しかし、この論文で言っていることは、違うと思います。
単に言葉の使い方が変わっただけで、中身は同じです。
四諦も縁起も、本質は同じです。
同じでりながら、言葉の用法の違いにこだわりいすぎて、本道を見失っています。
理屈としては興味深く、面白く読めますが。

知識人は、言葉にとらわれすぎていて、
観念、概念、言葉の使い方を軸にして論を展開していきます。
これが典型的な学者のやり方です。

しかし実践の立場からすればあまり参考になりません。
学者的なアプローチは、仏教を文献的に研究したり翻訳するには効があります。

しかし観念の世界に人を縛り付けてしまうリスクがありますので、
実践レベルでいいますと有害になることが多かったりします。

しかも、実践をしておらず、テキストだけの情報だけで考えますので、
言葉と観念がうわずった机上の空論が多く、
実践に役立たないだけでなく、有害な見解や理論を出すことも少なくありません。
 

と、ちょっと批判的なことを書きましたが、学問的なアプローチは、
学問的なアプローチが活かされるところと、活かせないところがあるということですね。
学問的な仏教を、本当の仏教とするのは完全な誤りです。

経典を翻訳するということ自体は、学問的なアプローチが役立ちます。
といいますが、必須であり、独擅場ですね。
本領発揮です。
 

今回発刊されたの原始仏典は相応部です。
相応部は、修行や教えのエッセンスが項目別に並べられたものですね。
漢訳阿含でいえば雑阿含経になります。

相応部経典は、とにかく面白い。
中身が整理されているため、同じテーマのものがそろっています。
漢訳阿含の雑阿含経にも、テーマ毎に整理されているため、
目を見張るお経にも出会うことがあります。

さて、相応部経典の原始仏典、中身はいかほどに。
読書の楽しみがまた一冊増えました。
いえ、経典の場合は、読書というより、学習ですね。

日本語訳初の刊行ですので楽しみです。