不幸の原因を前世・カルマ・霊障にするのは責任転嫁

前世・カルマ・霊障があることは事実

スピリチュアルや悟りに興味のある人と話しをしていると、時々、

 「自分は前世の影響を受けている」
 「カルマのせいでこうなっている」
 「霊障を受けている」

といったことを聞くことがあります。

で、まあ、確かに、前世もありますし、カルマもあります。霊障といわれる霊的な悪影響を受けているケースもあります。これらは確かにあります。

ですが、こういう話しを聞いている中で、「何かズレてるなあ」と感じることがあったりします。

くどいようですが、前世、カルマ、霊障があることは事実です。そういう影響を受けているケースがあることも事実です。

で、前世、カルマ、霊障は妄想とか、無いとかいって否定するほうが、どうかしています。

それはさすがに言い過ぎです。
おかしい。

不幸の原因を前世・カルマ・霊障にするのは責任転嫁

で、前世、カルマ、霊障の問題の一つは、これらを言い出すことで、思考停止してしまうことです。

どういうことか。
自分が苦しいのは、前世、カルマ、霊障のせいだとしても、そこでストップしてしまうんでんすね。

問題の改善や克服のために、何らかの具体的な行動や、アクション、そういうのを何もすることがない。ほとんどない。

「前世、カルマ、霊障なんだ」という認識や思考のループに入ってしまい、打ちひしがれてしまうわけです。

が、これって、おかしいわけです。

結局、前世、カルマ、霊障に原因を求めるのは、「誰かのせいにする」ということと本質は同じなわけなんです。

親のせい、兄弟のせい、学校の先生のせい、あの人のせい、誰某のせいといった具合に、苦しみの原因を自分以外の物事に責任転嫁してしまっているわけです。

前世・カルマは確認できないこと

しかし、こう言いますとね、「前世もカルマも、自分が行ったことでしょ?」と思うかもしれません。

が、その前世とカルマをはっきりと把握していますか?

把握していませんよ。
確認もでいません。

自分の想像の中で「前世やカルマなんだ」と思っているわけです。

つまり、前世・カルマという「観念」に、不幸の原因を帰しているわけです。

わかります?

具体的な「人物」に責任を帰する代わりに、「観念」に責任転嫁しているわけです。ある意味、高度な責任転嫁なわけですね。

その高度な責任転嫁の一つが前世やカルマなわけです。

前世のカルマは言い訳

で、具体的な人物、物事、観念に対して、責任転嫁、責任逃れ、言い訳にしてしまうと、そこでストップしてしまいがちなんです。

自分を見つめて、どこをどう改めるとか、対応するとかの模索や試みをすることなく、ひたすら自分以外の物事のせいにして、そこでストップしてしまいがちなんです。

無意識レベルで、そういうアクションを取っていることもありますので、こうした「責任転嫁」「責任逃れ」「言い訳」ループに入っていることに自覚がないこともあったりします。

だから、「前世」「カルマ」「霊障」とかを無闇に言ったり、とらわれるのは、実質、有害なわけなんです。

確かに、これらはありますが、これらに責任を帰するだけに終わらずに、自ら改善や克服のために自己分析、対策、対応などの行動・アクションを取ることが何倍も大事なわけです。

で、そういう行動なりアクションにフォーカスするなら、前世もカルマも関係ないわけです。

で、実際は、前世やカルマに責任転嫁してしまい、どんどん、自分に言い訳を与えて、自分と向き合うのを回避させてずるくなっていくわけなんです。

前世・カルマはモチベーションに

前世、カルマ、霊障に何か原因があるとしても、それをバネにして、改善するとか、振り回されないアクションを取るとか、何らかのポジティブな行動へのモチベーションになるなら、有益なんですね。

で、実は、前世・カルマの教えは、モチベーションにしていくのが大事なわけです。

問題を改善・克服をする試みや努力をしたり、「いまここ」に徹するとか、「善事に務めて悪事をしないよう」とか、何らかの改善の努力とか実践が大事になってくるわけですね。

例外もある

もっとも、人並み以上の努力をしたり、あらゆることをしても、どうしようもないといった状態ならば、「前世、カルマ、霊障のせいだ」というのはわかります。

どんなに頑張っても、やっても、ダメだった。
そういうのなら、わかります。
そういうケースは、また別ですけどね。

前世・カルマは存在するが

私は、前世、カルマ、霊障というのがあることは認めています。やはり、あると思っています。「そんなの無い」というほうが、問題があると思います。おかしい。

が、この手の話しは、普段はしませんし、文脈によっては関わらないようにしています。

なぜなら、ほとんどのケースにおいて、言い訳、責任逃れの「観念」として使われていることが多いからです。

そんなのを感じると、その時点で、シャットアウトしてしまいます。

ネガティブな解釈の前世・カルマは問題がある

ちなみに、前世、カルマ、霊的な影響というのは、とにかくネガティブな意味に使われ、ネガティブな文脈で使われがちです。

でもこれっておかしんですよね。
偏っています。

善い前世、善いカルマ、天使や神霊の守護もあるわけです。

なので、良い意味での前世とかカルマ、霊的な影響はむしろ、「根拠の無い自信」と同じで、ポジティブに使ったほうが、まだよいかと思います。

結局、前世、カルマ、霊的な影響といったことも、どう活用するかということですね。

つまり、そういうことじゃないかと思います。

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