天河神社の神さまに呼ばれた日~過去世で吉野・天川村にいた

天河神社に行ってきた

お盆休み真っ最中ですね。
こういう時は外出しても、夏の暑さに加えて人だらけで、
人に酔ってしまうこともあります。

実はこの前、奈良県の山中にある、天河神社に行ってまいりました。
天河神社というのは、有名な神社のようですね。

なんでも芸能人とか、スピリチュアリストもこぞって参詣し、
一種パワースポットになっているとか。
ちょっとオカルトめいている感じもありそうな。

天河神社へいらっしゃいという印象がふいに沸く

で、7月の末の夜のことです。
「さて、床について寝ようかな」と思っていたとき、ある印象が生じます(受けます)。
で、印象の感じは、どうも「天河神社へいらっしゃい」という感じです。

こういうのが非言語化された情報なんですね。
ちょっと病的なものとして誤解される心配もありますが、
非言語化された微妙な印象としての情報があります。
稀に言語として翻訳される場合があります。

わたくしは、「身体意識」という、微細な感覚を大切にしております。
これは、ヨーガや、気功、あるいは仏教の「気づきの瞑想」を
していますと、次第に開発されてゆく意識的な感覚です。
五感が鋭くなったり繊細になったりするところから開いてまいります。
そして、やがて、気・プラーナがわかるようになります。
そして「I AM(わたくしはある)」といった、存在の本質がわかるようにもなります。

身体意識が伸びてまいりますと、非言語化されたもの、
つまり、空気や印象、雰囲気といったことから情報を読み取ることもでてまいります。
これがいわゆる「直感」というものなんですね。
しかしながら、こういうことは大なり小なり、誰でもやっていたりもします。
で、この手の非言語化された精妙な印象を受け取ることがあります。

で、こうした身体意識から受ける印象には、素直に従ったほうがいいことを
体験的に知っていますので、早速、奈良県は天河神社行きを計画したのですが。
※まあ、ここまでの話しでも充分、オカルトに思われるでしょう。
ですので、興味の無い方はスルーをおすすめいたします。

関西圏へゆくのをためらうが行くことにした

しかしながら私は、関西圏が苦手です。
どうも土地が合わない。
もし、これを関西の方がお読みになって、
気分を悪くされてはいけないのですが、
一種の「相性」みたいなものですね。

元々、北海道の生まれですし、
そもそも本州(内地)ですら、少々抵抗感があったくらいです。
まして「西の国」になると、言葉も違ってきますし、
土地から出てくる波動そのものが違い、なんか苦手だったりします。

そんなのがありますので、奈良県となれば、モロ関西です。
ですので「後回しにしないで、すぐにでも行ってしまおう」と思ったわけです。
そこで早速行くことにしたわけです。

吉野・黒滝村・天川村にデジャブ~私は昔ここにいた

で、行きました。
で、ビックリ。
本当に、本当にビックリ。

何にビックリしたかといえば、「昔、この辺りに住んでいた!」
という感じがしたからです。

と、書きますと「おいおい・・・大丈夫か」と思われるかもしれませんが、
こればっかりは説明のしようがありませんね。
もう確信めいた実感なわけですので。

天河神社へ向かう途中、仁王門も金剛力士像でも有名な
金峯山寺に立ち寄ったものです。

このとき、なんとも懐かしい感じがするではありませんか!
「なんじゃこれは!?」
デジャブ(既視感)です。
こういうデジャブになったのは初めてです。
 

今まで各地を回ってきましたが、こんな既視感(デジャブ)は
生まれて初めてです。

こういうのは言語化しにくいのですが、
本当、妙に懐かしい。

「昔、ここにいた、絶対にいた」という思いが、
ふつふつとわいてくるではありませんか。

いえね、こうしたことは「妄想」とかの類もありますので、
慎重になる必要があります。

ですが、これは妄想ではないと思います。
ある種の「実感」があったりします。

で、吉野を巡り、黒滝村、天川村へと向かいますと、
懐かしい思いがますます高まってきます。

しかも、この空気感は、自分の中の「日本の原風景」「昔話のイメージ」と、
ドンピシャリ一致します。

幼少の頃から抱いていた「日本的イメージ」。
今の今までドンピシャリと合致した土地は無かったものです。
しかし、吉野一帯は、私が抱く「日本のイメージ」にピッタリとはまります。
ドツボです。
100%合致します。

車を走らせて天川村に着きますと、
「やっぱり、昔、この辺りに来たことがある、いたことがある」という思い^^;

もうね、自分の中では「過去世で、ここにいたよ〜」がビンゴなわけです。
それくらい強烈な既視感(デジャブ)だったわけですね。

天河神社の一帯は役小角・空海も修行した特殊な霊場

ちなみに、天河神社を調べていきますと、いろいろな逸話なりがあるようですね。
神社へ行って帰って、気になって調べてみたのですが、

・役小角(えんのおずの)が定めた神社
・吉野、高野、熊野という三大霊場の中心地
・空海も修行した場所
・南北朝時代に、南朝にくみした地域

といった逸話があります。

「霊場」ですね。
「オカルト」的な霊場ではなく、上品で清浄なサンクチュアリという感じですね。
素晴らしい雰囲気です。

奈良県の吉野一帯は関西圏でも異世界

吉野から天川村にかけては、独特で濃密な特殊な気があると思います。
同じ関西でも、奈良県の吉野一帯の雰囲気は違いますね。

奈良県の吉野一帯は、同じ関西でも異世界です。
雰囲気が違います。
「じぇんじぇん関西の空気ぢゃない^^;」

北海道のように包み込むような懐の広い気と、シャープで強い男性的な気。
この2つの気がバランスよく調和している感じです。
「陰陽のバランスが取れた気」とでもいいましょうか。
そんな感じです。

で、天河神社へお参りしましたが、この神社から受ける感じが、やわらかい。
とてもわらかい。
しかも、濃密です。
で、「やっぱり、昔、ここに来たことがある」という感じがします。

宿泊した旅館で撮った写真にオーブが

天河神社へお参りをし、その日は近くの旅館に一泊。
八畳の部屋を借りるところ、部屋が空いているというので4部屋を借りることに。
その時、記念にと思って撮影すると、奇妙な光体が写っています。

もう一枚にも写っていましてね。
こういうのも初めてです^^;
まあ、光体については、水滴とかいろんな説明もできますが、
今回はいろいろと不思議なことが重なっている感が強いですね。

天河神社へお参りしてきましたが、不思議な導きが重なり、
自分の「前世発見」のような旅になり、
それで天河の神さまに呼ばれたのかなとも。
私にしては「世にも不思議な物語」です。

過去世からの縁がある人を思い起こす

で、話しはこれで終わりません。
この天河神社詣での際、前世の時代に会っていたと思しき
人達の印象が出てくるんですね。

で、昔から親しくしているKさんという人がいるのですが、
どうもKさんっぽい人もいる。

それで天河から帰ってきてから、おそるおそるKさんに聞いてみたんですね。
で、Kさんに「昔、吉野の辺りに住んでいた実感とかない?」
と聞いてみたところ、Kさんギョっとした表情になって、「じつはある・・・」と。

「そうだよな〜、やっぱり!」と、私は内心満面の笑みを浮かべるわけですが、
実はKさん自身が、今年の春、初めて天河神社へ行ったとのこと。

で、吉野一帯を巡ると、ものすごい懐かしい感じがして、
「昔、自分はここに住んでいた」という感じになったとのこと。
だから、私から天河神社の話しが出たとき、ものすごく驚いたというのです。
これまた不思議な話しなのですが。

Kさんの話しを聞いて、私が感じていたことは、
「決して妄想の類ではないな」と思うようになったものです。

こうしたことは、なかなか理解されにくいものです。
本人、個人の感覚の世界ですので、第三者には理解し難い。

ですが、私の中では「リアル」だったりします。
過去世、前世において、私は奈良県は吉野のどこかにいた。
天河神社へお参りもしていたかもしれない。
もしかすると、頻繁に、天河の神さまへ参詣していたかもしれない。

飛鳥時代に吉野・天川村にいて山岳修行をしていた

吉野・天川村と巡っている中で、心の奥に封印されていた意識が
開かれた感じがしたものです。

今まで気づくことがなかった、影(シャドー)となっていた思い、
記憶のようなものも浮上してまいります。

自分の過去世も感じます。
時代は古いですね。
飛鳥か奈良の頃です。
その頃、古神道やら修験道的なことをやっていたな、と。
まだ修験道というスタイルが整う以前の自然崇拝的な行者です。
山岳修行ですね。
どうも自然との一体を目指していた感もあります。

天河神社に呼ばれるというのはある

そういえば、
 「天河神社に呼ばれる」
という不思議な現象もあるとか。
ネットで見つけたのですが。

って、これ、まんざらではないと思いますよ。
あるんじゃないんですかね。
霊感の強い人とか、いつも身体意識に注意している人ですと、
そういう微細なメッセージのようなものを感受するケースもあると思います。

地元に小國神社という神社あるのですが、
昔は凛とした空気があってよく、毎月、お参りにも行っていたものです。
ところが、何年か前に「ことまち横町」というのができてからは観光地となってしまい、
雑然とした空気になってしまったものです。
すっかりガッカリしてしまい、神社参詣から足が遠のいていました。

けれども今回のお参りで、すっかり天河神社がお気に入りになってしまいました。
といいますか、昔から、天河の神さまとつながっていたような気がします。
何かが開いたといいますか、今まで気づかなかったこと、
自覚できてこなかったことが、日に日にふくらんでくる感じがするんですね、これが。

不思議な天河神社参り

そんな不思議な天河神社参り。
いろんな不思議があった天河神社参りです。
私にしてみれば、「世にも奇妙な物語」。
こういうのは初めてのことです。
既視感(デジャブ)というのは、本当にあるんだなと思いますね。
で、過去世で吉野辺りにいたという、揺るぎない実感があったりします。

なんだか昨年の秋くらいから、怒濤のように変化が起きていて、
今回も今回でインパクトがあったものです。

ただ今回のように「神さまに呼ばれた」みたいなことは初めてです。
自分の前世らしきものを知ったのも初めてです。
第三者が聞けば「大丈夫?」と言われそうなことなのですが、
まあ、とにもかくにも不思議です。

と、真夏のミステリーでした。
ちょうどお盆の時期ですが、ご先祖さまをお迎えして、
ねんごろに供養して差し上げるのも大切かと思いますね。

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