魂のブループリント

魂のブループリントとは

「魂のブループリント」
時々聞きますね。
ええ。

「魂のブループリント」とは、「魂の青写真」のことをいいます。ブループリント・青写真とは基本設計図のことをいいます。

つまり「魂のブループリント」とは、「魂の基本設計図」のことをいいます。

で、「魂のブループリント」には、

  • 先天的な傾向・タイプ(才能、性格、資質)
  • 使命(ミッション)
  • 過去世からやり残していること・課題(良い意味でも悪い意味でも)
といったのがあります。
これらが基本設計図として、現世の魂に刻み込まれています。

「魂のブループリント」とは、いわばこうしたことを総称しての「宿命・運命・カルマ」でもありますね。

先天的な傾向・タイプ(才能、性格、資質)

一般的に「魂のブループリント」とは、その人の「傾向」をいいます。どういう「タイプ」なのかということですね。

それが「先天的な傾向・タイプ(才能、性格、資質)」ということになります。

誰しも生まれ持って、得意なこと、できること、好きなことがあります。で、これらは才能・性格・資質と深く関連していますね。

魂のブループリントが、もっともはっきりと出てくるのは、才能・性格・資質かもしれませんね。

使命(ミッション)

また魂のブループリントは、使命(ミッション)としても刻み込まれています。才能・性格・資質といったタイプを踏まえて、どういう使命(ミッション)があるのか。

使命とは、何を行うのか、何を行うのが向いているのかといった適性も含まれています。

こうした才能・性格・資質も含めた上で「使命」も浮き上がってきます。

欲を掻いたり、何らかの信念体系に深く染まりすぎなければ、使命は、自ずと浮き上がってきますし、わかるようになります。

おおむね、自分がもっとも興味や関心があるものになりますね。それが、あなたの使命であることが多かったりします。

過去世からやり残していること・課題

あと「魂のブループリント」には、過去世からやり残していることもありますね。

課題です。
で、課題には「良い課題」「悪い課題」も両方あります。

良い課題は、過去世から続けている良いことの続きですね。創造です。大概、創造的なことになります。

悪い課題は、過去世で行ったことの罪滅ぼしですね。滅罪です。過去世で行ったことの罪滅ぼしのため、贖罪のために、自らが犠牲的になる、ならざるを得なくなることです。

しかし滅罪・しょく罪は、ある一定期間を過ぎると終了となることも多いですね。一生涯、悲嘆に暮れることは、実際問題としては少なくなります。

過去世から引き受けているもの・課題には、創造と滅罪の両方があったりもします。

魂のブループリントとは異熟ともいう

ちなみには原始仏教では「魂のブループリント」のことを「異熟(いじゅく)」といっています。

「異熟」とは生まれ持った傾向ですね。宿命・運命・カルマのことでもあります。異熟~自分を知り自分を磨くために知る

「異熟」とはまさに「魂のブループリント」のことだったりします。

実際、人生をある程度、生きてきますと、過去の自分をふり返ったとき、そこに一つの流れや道があることがわかります。

そうして、その流れや道は、幼少の時期にすでに萌芽があったことに気づきます。

人には、生涯の方向性を決める「何か」があります。それを「魂のブループリント」といっています。

幼少の頃に感じていたものが、全て一生の核となり、人生の軌道を作り上げてきたことにも気づきます。

幼少の頃の体験が魂のブループリントを形成することも

幼少の頃から、人見知りをすることなく、誰とでも話しをし始めて会話がはずみ、友達になってしまう子ども。

こういう子どもは、交友関係も広くなります。いわゆる「コネ」もできやすい人です。人脈を作ったりして、何かとラッキーなことも多くなります。人生はおおむね楽しいでしょう。

反対に、幼少の頃から嘘が上手な子。
小さいときから嘘の多い子は、ホラが多くなり、詐欺に走る場合もありますね。親が子どもに過剰な期待をして、それを達成させようとすると、嘘をつく子どもになりやすいともいいます。

環境がその子の傾向を後押しします。

親が、子どもに「あーしなさい、こーしなさい」と、過干渉すると、子どもは、本来持っている素質を伸ばせなくなります。また自然体ではなくなりますね。

人は「魂のブループリント」に従って生きてゆく

人生とは不思議なものです。

「三つ子の魂百まで」といいますが、ここでいう「魂」とは、原始仏教でいうところの「異熟(いじゅく)」のことですね。

スピリチュアルでは「魂のブループリント」

人は、生まれた瞬間に、その人生経路を決定する「核」を持っています。

そして、その片鱗は幼少期に必ず見いだせます。すべて幼少の時代に見ることができると思います。

人生をある程度生きてきて、ふり返ると、そこに、一つの流れや道筋があったことに気づきます。

結局「ブループリントにしたがって生きているんだな」と。「ブループリントが核になっているんだな」と。

人生は無常ですので、どうなっていくのかわかりませんが、おそらく幼少の頃に感じていたブループリントにしたがって、深い深い領域へと進んでいくのだと思います。

こうした深遠な精神の領域のことは、センスのある人は、若い頃に芽生えます。

けれども、長く生きていくと、つまり高齢化になるに従い、次第に開示される、気づかされる性質ではないかとも思います。

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