輪廻転生はあるのか?

輪廻転生はあるのか?

輪廻転生はあるのでしょうかか?
そもそも輪廻転生はインドが発祥といわれています。

しかし実際のところは、輪廻転生は仏教で詳細に語られるようになっています。完全に悟ったお釈迦さまが、輪廻転生に関する詳しいことを最初に言い出しています。

で、お釈迦さまは「輪廻転生はある」と言っています。「業報もある」と言っています。

実のところ「六道輪廻」や「業報」の詳しいことは、お釈迦さまが世界で初めて言い出したことだったりします。輪廻転生と業報は「正見」に入っているほど仏教の軸にもなっています。

日本の仏教では輪廻転生は無いと言う人もいる

そんな輪廻転生。
仏教の大きなテーマでもあります。

けれども日本の仏教界では輪廻転生を「否定」「受け入れられない」とする人もいます。こうした発言を公でする人も少なくありません。

まるで「輪廻転生は迷信」であるかのように、仏教の専門家が言う場合もあります。

しかしこのように公然と輪廻転生を否定しても平気なのは、明治時代に一時起きた仏教改革運動と関係があると言われています。

日本の仏教は輪廻転生を排除しようとした

明治の頃、西洋の哲学の影響を受けて、日本の仏教から迷信的な要素を排除しようとした動きが一時的に起きています。輪廻転生や極楽・地獄・天界・餓鬼界といった異界の思想などを排除です。

ところが同じ仏教界と仏教学界より猛烈な批判と反発を受けて、終息していきます。

しかし、この潮流は知識人・インテリに受け継がれ「輪廻転生は迷信だ」という思想が浸透していくようになります。で、この流れは今日にも受け継がれています。

だから、仏教の専門家や僧侶までもが「輪廻転生は無い」と公で言ってしまう(空気もある)ことも出てきているといいます。

この話しは宮元啓一氏の「ブッダが考えたこと」にあります。

生まれ変わりの実感がある

そんな輪廻転生。
賛否両論になっています。仏教界ですら輪廻転生を否定する人もいる有り様。

悩ましげですね。
何故、悩ましげかといえば、私は輪廻転生肯定派だからです。いえ肯定どころか実感があります。ええ。

実は私、5才くらいの頃から生まれ変わってきたという意識があります。このことはこちらに詳しく書きました。

そもそも悟りや解脱に興味を持ったのは輪廻転生からの解脱が動機だったほどです。

高校一年生のときから解脱を志すようになっています。こうしたのは今でもあります。

てか、「生まれ変わりは当たり前でしょ」という感覚がしっかりとあって、否定しようがないんですね。

こればっかりはどーしようもない。
生粋です。

胎内記憶・生まれ変わる時の記憶を持っている人もいる

ちなみに世の中には「胎内記憶」「生まれ変わる時の記憶」を持っている人もいます。

実はこうした記憶を持っているのが知人に2人います。何故か2人も!

一人は宗教にもスピにも興味がありません。

が、2人とも「生まれ変わりは実在する」と確信しています。この思いは微動だにしません。

私は記憶は無いものの生まれ変わってきたという実感が子どもの頃からあるため、生まれ変わりは否定しようがありません。

ミャンマー仏教では輪廻転生は当たり前

日本の仏教界では輪廻転生を否定する発言を堂々とする人もいます。

が、その点、テーラワーダ仏教、殊にミャンマーでは「輪廻転生は当たり前の常識」となっています。

なのでミャンマー仏教とは肌が合うといいますか水が合います。何ら抵抗なく当たり前の感覚でスンナリと輪廻転生が入ってきます。

これと関係して前世の業や業報思想もスンナリと入ってきます。てか、輪廻転生や業報思想が無いと気の抜けたサイダーのようで物足りないほど。

輪廻転生を知ることは八正道の正見

ちなみに八正道の「正見」には「輪廻転生が実在することを知る」というのもあるんですね。

テーラワーダの文脈では輪廻転生や三世観(過去世・現世・来世)の業報があることは「正見」とされています。

輪廻転生のことを言い出すと話しが尽きなくなってしまいます。が、輪廻転生を否定する仏教者の方もおられますので、悩ましげですね。

なので輪廻転生は悩ましげなテーマなんです。悩ましい。

なので私は仏教はテーラワーダになるんですね。シンプルに水が合います。

やっぱり輪廻転生は実在する

で、輪廻転生はあります。お釈迦さまも、そう言っています。

シンプルです。
簡単明瞭。

ブッダが言っている。
正見の中に輪廻転生があることを知る(認める)というのがある。

私にも実感がある。
知人にも実感がある。

輪廻転生は実在しています。
決して迷信ではありませんね。

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