あるがまま系の瞑想はすごい

あるがまま系の瞑想はすごい

「あるがまま系」の瞑想のすごいところは、何か悩みや心にひっかかることがあっても、ある程度、そのまんまにしておくことができることなんですね。たとえその問題そのものは解決しなくても、悩みはあっても、それらを放っておける余裕が出てきて振り回されることが少なくなるんですね。このことは大きい。

この受容する能力といいますか、姿勢は、実際に体感しないとわかりません。想像ではまったく理解できません。なぜなら現代人の多くは「何かをする(Do)」の姿勢に染まりきっているからです。あるがまま系は「何もしない」「そのまんま」といった「Be(ある)」の姿勢です。「Be(ある)」の姿勢は想像ができません。性質がまったく異なるんですね。正反対なんです。

現代人はDo(何かをする)が染みついている

現代人は、幼少の頃から「何かをする(Do)」をしつけられています。躾(しつけ)はまさに「Do」です。禁止(するな)も「Do」です。全て「Do(何かをする)」。学校へ行けば「成績を上げよう」とDo。Do。全てDo。何かをする。何かになろうとする。何かを行うことで成長するということを信じ込まされて、ひたすら何かを行い続けます。

確かに成長はするんですね。数字で評価することもできます。しかし、この姿勢そのものが、悩みや問題への対処には障害になることがあるってことなんです。いたずらに悩みを増幅しているケースも多かったりします。

「解決する」「良くしよう」とうアプローチで、「理想を実現しよう」「願いを形にしよう」というのは、仕事やタスクにおいては必須ですし欠かせません。が、悩みや精神的な煩悶といった心が絡んでいる場合は、むしろ苦しみをまねくことになります。そういうのが多い。

理想や願いの実現こそが苦しみの原因となることも

理想や願いを実現できればいいんですが、それができないときもあります。いや、意外とできないことが多かったりします。殊に性格に関することは改善できません。性格を変えようとすると、ものすごいストレスになります。

喫煙などの後天的な習慣なら改善できる場合もあります。後天的な習慣ですら改善することが困難な場合もあるほどです。まして性格の場合はほぼ不可能です。

解決が難しそうなら放っておく。置いておく。それをやりやすくなるのが「あるがまま系」の瞑想です。

あるがまま系の瞑想はDoからBeへ

あるがまま系の瞑想は、最初はDoとしての「気づき」から始まります。

で、Doが弱い「気づき」になっていきます。そうすると呼吸瞑想もしやすくなると思います。呼吸は見ようとするとできませんね。ええ、まず失敗します。呼吸は見るものではなく、見えてきます。

なので呼吸瞑想がができるようになると「Beの気づき」になっていると思います。

で、さらにBeの気づきは、何もしない、そのまんま~といった禅的になっていくと思います。

苦しみや悩みを軽減するあるがまま系

誰でも悩みますし苦しみを感じるときがありますね。時にはどうしもない問題に直面し、長い間、悩むことも出てくるときもあるかもしれません。が、悩みや苦しみが長く続く場合こそ「あるがまま系」の瞑想は支えになるんじゃないかと思います。

「苦しみからサヨウナラ」は悟らないとできませんが、それでも「あるがまま系」は、悩みや苦しみを軽減してくれると思います。ACTの脱フュージョン・テクニックもあわせて行うと効果的じゃないかと思います。

ちなみに長くても2年くらい続けていると、「Doの弱い気づき」や「Beの気づき」になるんじゃないかと思っています。

手を動かす瞑想では、毎日20分行うと、20日くらいで「Doのある気づき(弱い気づき)」になるといいます。

あるがまま系の瞑想は、おすすめですね。

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