中村雅彦氏「21世紀の祓い」「祈りの力」がいい

中村雅彦氏「21世紀の祓い」「祈りの力」がいい

中村雅彦さんの書を、立て続けに読みましてね。

◎21世紀の祓い―禁断の日本的霊性を読み解く
http://amazon.co.jp/dp/4434103415

◎祈りの力―願望実現へのアプローチ
http://amazon.co.jp/dp/4492222960

中村雅彦さんは、センセーショナルな「呪いの研究」著者です。
http://amazon.co.jp/dp/4901510150

この本に関しては、もう書き終えましたが、上記の著書が、またもやどこか心に響きまして。それで、再び、書いてみようかな、と。

上記の書は共に、「呪いの研究」の延長にある感じです。「祈りの力」は、「呪いの研究」を平易にしたダイジェスト版という感じです。

知性と直感のバランスがいい中村雅彦氏

中村氏は、呪術の世界に身を置く方ですが、求道的な姿勢に好感が持てます。バランス感があっていいですね。この姿勢には共鳴します。

著者は愛媛大学の元教授ということもあって、知的で合理的な面があります。

一方では、体験や感性を重視する呪術の世界に身を置き、お祓いを専門とする宮司。直感やインスピレーションをも大切にしています。

で、その中心棒に「霊性」の感性があります。森羅万象に神が宿っていることを感じ、宇宙根源の意識を感じ取っています。

この姿勢。
いいですね。

大学では社会心理学を専門にしていた先生だけあって、基本的に合理的です。しかし合理を超えた世界があることをしっかりと認め、さらにその頂点に神・宇宙意識があることさえ踏まえています。いい感じがします。

「21世紀の祓い」のポイント

さて、そんな「良い感性を持たれているなあ」と感じる中村氏の「21世紀の祓い」より、一部抜粋してみます。抜粋した箇所は、幾分まとめています。また(※)の部分は、私のコメントです。

・現代心理学は、誰もが観察し認知できるデータに基づいているため、心を失った学問になっている。(p18)

・呪術的な世界では、肉眼で見たもの、思考は徹底的に排除される。むしろ身体の感覚、ビジョン、直感によって魂とリンクしていく。(p18)

・祓い(はらい)とは、清浄になること。究極は「本当の自分」「神の心」に還ること。神道における祓いは、個人の救済のみならず、社会全体の浄化を目標とする。神道において重視されるのは「生活共同体」である。(p21)(※「心を浄める」は仏教におけるテーマと同じです。また相互のつながりを重視する「生活共同体」の考えは大乗仏教的です。)

・神道では、心のありように「象徴的な神」の観念を与え、その神の観念を感じながら、自己浄化していく。(p23)

・邪気、邪念が強いカウンセラーが多い。相談者を癒すことで、自分の支配欲、権勢欲、自己愛を満たすのが多い。(p25)

・心理的なカウンセリング(癒し)のほかに、「霊的な癒し」がある。(p27)(※それが呪術によるお祓い、浄霊)

・何かに取り憑かれているという人のほとんどは、妄想。(p30)真正の憑依現象は、まれ。

・生き霊には、否定的な想念だけでなく、肯定的な想念の生き霊もある。強い感情をともなった願望や目標は、他人の心理に影響を及ぼす。(p32)(※これって、願望成就、成功法則そものですなあ^^;。願望成就、成功法則とは「生き霊テクニック」ということなのでしょう)

・科学的な基準で測定できたものだけが正しいとする科学者や学者が多いが、これは「偏狭な態度(フラットランド)」(p40)(※テレビタックルに出てくる大槻教授などは、まさにこれですな)

・その逆に、宗教的な教義や体験に固執して、科学的なものを排除するのも「偏狭な態度(フラットランド)」。(p41)

・神仏の前で、素朴に、素直に、誠実に、自己を解放できるなら、形式にこだわる必要は無い。(p46)

・神道の理論は旧態依然であり、江戸時代の国学の影響を受けたまま。(p48)

・「神さま大好き」といった軽いノリで神社巡りをする人が多いが、これでよい。心が新鮮になり、癒され、魂が揺さぶられる体験は、霊性の芽生えにつながる。(p50)

・四国の拝み屋の世界は、日常的に不思議なことが多い特異点の世界。(p62)「ハリー・ポッターの魔法学校」みたいなところ。(※しかしドロドロとしている感じ)

・霊性は体験的理解がすべて。何事も頭で理解しようとする学者の資質はマイナスだった。お祓いで霊障は解消できるが、普通の病気は治せない(病院へ行くこと)。(p63)

・本当の霊障は、一回のお祓いで解決する。リピーターになることはあり得ない。お布施や信心が足りないという所は怪しい。(p64)

・スピリチュアルの世界には、エゴが異常に肥大化した人がいる。ルールやマナーを守ることができない上に、「自分を弟子にしないと一生後悔するぞ」と迫る人や、「自分には神がついており、物事を見極めることもできるし、先生よりも力があります」という人がいる。(p65)

・取り憑いている霊が神格を上げて欲しい願いがあるなら、野狐だったら、稲荷系の祝詞を唱えて、伏見稲荷に返し、蛇霊だったら、龍神系の祝詞を唱えて、神格上げし、死霊だったら、仏教の経文を読む。(p68)

・大蛇の霊とかは、本当は、動物の霊の祟りではなく、人間の意識・観念・邪気・邪念が、長い間、蓄積され、地層のようになり、それがビジュアル化したもの。これを「意識場」と呼んでいる。(p71)(※エネルギー意識、サンカーラというのが、これでしょう。意志や感情などを持っています。観察瞑想(ヴィパッサナ瞑想)などでも、こうしたエネルギー意識は解除できます。中でも、ゴエンカ氏のヴィパッサナ瞑想は浄化パワーが強い)https://www.jp.dhamma.org/ja/

・呪術師のサイコメトリーで、居徳遺跡を霊視して、史実を推定することもできる。(p83)

・神社などを巡礼する場合は、直感を信じること。嫌という感じがありながらも強行したり、計画的に全て巡ろうとかしない。自然な流れでいれば、気持ち良く巡礼ができる。(p130)

・霊性(スピリチュアリティ)を中核に据えたアプローチがあってよい。霊性とは、「目にはみえない大いなる存在」とのつながりを自覚する感性。神秘体験、感動体験、深い平安を経験する中で発達していく。(p133)

・大自然との触れあいに感動したり、絵画や音楽に心を打たれたり、日常生活の些細なことにでも魂が揺さぶられることは霊性体験の一種。霊性に目覚めた人は、生活のすべてに「神聖さ」を見出す。(p133)

・霊的な人の最大の特徴は、人間を超えた「大いなる力」や、「目には見えないものとのつながり」が自覚されていて、これらが自分の中心に据えられている。(p133)

・子どもや、古代人のアニミズムの感性には、「太陽がにこにこと笑ったり、月がやさしく話しかけてくる」といったものがあり、こういうのはアート・芸術の感性であり、豊かな人間性を育む霊性の感性。(p170)

・呪術的実践の世界に入るようになってから、万物に神が宿っており、この世界が神、この世の中にあるものすべてが神の顕れであると実感するようになった。自然が神であると感じることは、むしろ自然なことである。(p171)

以上、「21世紀の祓い―禁断の日本的霊性を読み解く」http://amazon.co.jp/dp/4434103415から、整理して抜粋してみました。

わたしゃ、読んでいて、うわー(^o^)といった感じになりましてね。ちょっとドロっとしたところがあるにせよ、ハートを感じます。

まとめ

それにしても拝み屋とは厳しい世界です。修羅の世界ともいいますか。

わたくしは、とてもではありませんが、こういう世界に足を踏み入れたいは思いません^^;ドロドロとした感じがしますし、何といっても怖いです^^;

「拝み屋は五体満足ではいられない」っていいます。同業者から嫉妬されたり、恨まれるだなんて、なんていいますか。とてもではありませんが怖すぎです。

ごくごく「ふつー」であるのがいいですね。

ちなみに「ふつー」とは「凡庸」とか「平均」という意味ではなく、クセの少ないことですからね。良い意味ので個性が「ふつー」なんざんす^^

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です