陰気=穢(けが)れ=魔=ネガティブ=不浄~とかく問題を引き起こす状態

久しぶりに、霊学の世界に戻っているのですが、
江戸時代の末期から明治にかけて登場した
宮地水位が著した「異境備忘録」は興味深いんですね。

異境備忘録/幽界物語

日本の霊界のことを述べています。
で、仏教者は、下層の魔界にいるようでして。
「仏魔天狗界」。

なーんていーますか、「ああ、やっぱりそうだろうな」なんて思います(笑)
いえいえ、決して茶化しているわけではなくて、
とても納得しましてね。
 

といいますのも、日本の仏教って、
 ・陰気
 ・重たい
 ・暗い
の三拍子がそろっているとしか思えないからです。
お寺にいっても、重々しい。
てか、陰気ですね。
「伝統の重み」という言い方もされるかもしれませんが、
いやあ、やっぱり重たくて、陰気です。
決して悪口ではないのですが。
 

結局、「陰」であることは、どういう理由であろうと「穢れ」になり、
「悪業」になるわけなんですね。

って、これはかなり手厳しいといいますか、
ショッキングに聞こえる人もいるかもしれませんが事実ですね。

「陰気」は、それ自体が咎(とが)になります。
人から煙たがれもします。
敬遠されますからね。

これってまさに「穢れ」です。

で、陰の気は、なにかと問題を引き起こします。
 

宮地水位の「異境備忘録」には興味深いことが述べられて、
悪魔・魔とは、「天地開闢の際に生じた陰の気が堆積した存在云々」と
あるわけですね。

ええ。
「陰の気」が、悪魔・魔性になるわけです。

ネガティブであることは、魔になるということですね。
 

なので、常に「陽気」を発動して、
陽気を養うことが勧められるわけなんです。

古来より、陽気が大事であることを言っていますが、
これは霊界の様では、はっきりしてくるわけです。

で、陽気を養うこと自体が、禊(みそ)ぎにもなるわけです。
「天晴れ」になるわけですね。

「ポジティブシンキング」もそうです。
これは陽気を養う、現代版の修養です。
 

と、こう書きますと、ショックを受ける人も出てくるかもしれませんが、
霊学的に見ますと、このようになります。

霊学、神道、仏教、道教、自己啓発、すべてには共通したものがあります。
それは「陽気が善」ということです。

ただし、興奮して馬鹿騒ぎをするのは「陽気過剰」で、「陰」と同じになります。
こうしたニュアンスは、ちゃんと分けていかないとなりません。
 

本当の陽気は、「それ」「徳」に開けることで生じてくる
明るさ、楽しさ、快適さでしょう。
静かで、明るいエネルギーですね。

それを
・仏教・・・心を浄める、巧みに行う ⇔ 心が不浄、巧みでない
・神道・・・天晴れ、祓(はら)い ⇔ 穢(けが)れ、魔
・道教・・・陽気 ⇔ 陰気
・自己啓発・・・ポジティブ ⇔ ネガティブ

と言っていますが、
それぞれ、切り口や表現を変えて言っているわけですね。
大本は同じエネルギーです。
徳、源泉、宇宙意識、真我のエネルギーです。

いろんな世界で言われていることは、
全部つながっているわけなんです。
同じ事を、別の表現で言っているんですね。