チャクラやクンダリーニの真実

今はコロナなので、講師を招いてのリアル瞑想会が行いにくいのが残念ですね。講師を招いた瞑想会は、属性がピッタリな方との出会いも多く、実はこうしたメリットもあるんですよね。

講師を招いた瞑想会に限らず、リアルな講座や勉強会、イベントなどは、新しい人とも出会う確率も高く、これもまたよかったりします。

あるいは個人の好みなどを全面に出したブログでも、意外と知り合うことができるんですよね。個人色が強いと、趣味や嗜好、感性が似た人や合う人が読者になりますからね。

こうした機会やブログって、いわば「マッチングアプリ」みたいですね^^;

で、深いワークになると、エネルギー的な要素も絡んできますので、マッチングアプリみたいな機会って大事だなあと思います。

リアルな機会はやっぱりいいですね。ZOOMも交えながら、できるだけ機会を増やしていきたいですね。
 

で、エネルギーといえば、こちらに関してもいろいろとありますが、なんていいましょうか、微妙といいますかデリケートなところがありますね。

チャクラやクンダリーニを開発する道もありますが、私的には「どうかなあ」というのが率直な感想。

そもそもチャクラやクンダリーニは、心がある段階に達すれば、自然に開花する性質があるからです。

人為的に開発はしないほうがいいんですね。

そもそもエネルギーには善も悪もありません。その人の精神性の影響を受けて、善悪を決めてしまう・強めてしまう性質があります。もし善に向かえば望ましくなりますが、悪に向かうと厄介なことになります。

このことはほとんどといっていいほど知られていません。

が、深山次郎さんという方が「内なる目覚め―クンダリニーと統合失調症」という本を書いて、チャクラやクンダリーニを開発させることへの警鐘を鳴らしています。

 
この本は、ダークサイドが強い精神状態でエネルギーが開花すると、大変なことになることの怖さが述べられています。

で、こうしたことは昔から言われています。

ダークサイドでなくても、準備が出来ていない状態、感受力が不十分、心が熟していない段階で、エネルギーが活性すること自体がリスキーです。

特別な問題が無くても、クンダリーニが活性すれば大変なことになることが多かったりします。

自然に活性してもしんどい時期を過ごすこともあります。が、そういう場合は、対策もありますが、

エネルギーは、そもそも仏教の「戒・定・慧」に沿っていけば、自ずとひらく性質があります。で、エネルギーは自然にひらかれていくのが望ましいと思います。

もしエネルギーからアプローチするならば、心の浄化は欠かせませんね。てか仏教の「戒・定・慧」を軸にしていけば浄化していきます。結局「戒・定・慧」なんですよね。

 

ちなみに仏教といっても「テーラワーダ仏教」ですね。私的にはやっぱり「テーラワーダ仏教」。落ち着きますし、心が明るくなります。それと歴史がありますので、安定感がすこぶるいいんですよね。安定感は大事です。

目新しい表現は危ういんですね。私も目新しい表現をすることもありますが、実は、この手の表現は危うい。エネルギー的にも危うい。その点、歴史の風雪に耐え抜いてきた伝統と、その表現は安定感が半端なく強かったりします。

清浄な伝統を尊ぶには理由がありますが、その理由も複数あるんですよね、本当は。

で、チャクラやクンダリーニ。
エネルギー。

準備が整えば自然に活性する性質があります。

で、こうした有り様が望ましいですね。

なので、チャクラやクンダリーニの開発や、感じるといったことに関しては、基本的にスルーしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です