子どもの感性を取り戻す瞑想

瞑想をしていきますと、子どもの頃のような心境になることが多くなります。
幼少の頃の感覚が蘇ってくる瞬間が多くなるのではないかと。

余分なものが脱落していきますと、素の自分があらわれてきます。
何もしないでボーっとしていながらも、命あふれる喜びや安堵感。

そんな幼少の頃の感覚。

おそらくこれが自分本来の姿であり感性なのだろうと。

坐禅、瞑想によって、素の自分を知り、
素の自分と向き合うことができると思います。

大人になるに従って分別心が強くなっていく

人は、大人になるにしたがって、様々な価値観を抱き、
色眼鏡をかけるようになっていきます。

いえ、抱かされたり、かけさせられるようになっていきますね。

あるいは、何かになろうとか、手に入れようと頑張り過ぎたり。
本来の自分には無いものを得ようとしてがむしゃらになってみたり。

何でも頭で考えたり、理屈でこしらえたり。
分別心が強くなっていきます。
そうして、その分別で、自分をイメージし、形成もしていきます。

やがて次第に本来の自分を失っていきます。

ですが、その失った自分を取り戻すのが
坐禅であり瞑想なのかもしれません。

子どもは言語表現ができないだけで大人以上にピュアに感じている

幼少の頃、感じていたことを言葉でうまく表現できませんでした。

しかし感じていたことは、大人になった今でも
実は基本的に同じだったりします。

子どもは表現の術(すべ)を知らないだけですね。
子どもは言語表現ができないだけです。
大人以上にピュアに感じていることも少なくありません。

だから、子どもだと思って、なめたり、
いい加減な対応はしてならないと思います。

「子どもも、大人も同じ」
そう思うようになっています。

現代の教育は理屈が過ぎますね。
大人は、子どもの頃の感性を取り戻した方がいいでしょう。

そうすれば、屁理屈などにも翻弄されなくなります。
へんなニンジンに食らいつくこともなくなります。

良い意味での童心を取り戻す

子どもの頃、おそらく誰もが持っていた本能レベルの嗅覚。
これを蘇らせることは大切ですね。

「童心」とは、「道心」と関連があるのかもしれません。
坐禅、瞑想で、童心に立ち戻る。

なんて素敵なんでしょうか。

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