テクノポップが全盛期だった80年代からハウス・トランスミュージックを経て現代へ

なんだか気分が乗ってきましたので一気に書きたくなってきました。
話しの続きになりますが、1970年の後半から80年代にかけて、テクノは大流行します。
日本では歌謡曲にも使用されるようになります。

たとえば、山口百恵の「プレイバックPart2」。
この曲ではイントロとサビの部分でシーケンサーによるテクノフレーズが使われています。

山口百恵の「プレイバックPart2」は大ヒットしましたが、
ジョルジオモロダーの影響があると思います。

山口百恵あたりから、歌謡曲にもテクノが入り込んでいった記憶があります。
電子楽器の台頭によって、シーケンサーを使った16分音符のフレーズは、
70年代の終わり頃から頻繁に使用されるようになります。
この後にYMOが出てきます。
 

ちなみに1970年代の終わり語呂から、
世界中ににテクノポップが大流行します。
当時のヒット曲を挙げると、たとえば、

M(ミーコ)
POP MUZIK(ポップミュージック)

ポップミュージックですね。
ヒットしました。
「ポップ、ポップ、ポップ・ミュージック♪」

ポップミュージックはテクノとは言えないところがありますが、
ポップスにシンセサイザーを取り入れたということで、
山口百恵などの日本の歌謡曲に近いところがあります。
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あと
エレクトリック・ライト・オーケストラ
「Twilight(トワイライト)」

ロックにシンセサイザーを全面的に取り入れて、まさに「エレクトリック」一色にしたバンドです。
トワイライトは1980年代に作られたものだったりします。
途中からの転調がググっときます。
今聞いても新鮮ですね。
色あせません。
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シンセサイザーを導入した音楽は、ジャンルを問わずどんどん広がっていきます。
「テクノポップ」という定義も曖昧になり、どんどん広がっていきます。
現在では「シンセサイザー」という言い方すら減ってきています。
「キーボーボ」とか、そういう言い方になって落ち着いています。

しかしテクンッポップとは、リズム、コード、エフェクターという三要素が
主となる音楽であると思っています。
通常、音楽は、リズム、コード、メロディの三要素といわれていますが、
テクノポップの場合は、エフェクターが要素になっていますね。
てか、エフェクターが無ければ、テクノは浸透しなかったでしょう。

80年代からのテクノの潮流は広がっていくわけですが、映画音楽にも登場してきます。
有名なのは映画ネバーエンディング・ストーリーのテーマ曲でしょう。
リマールの「Never Ending Story」です。

こちらはファンタジー感がありますね。
ちなみに、リマールの「Never Ending Story」は、
作曲が、ジョルジオ・モロダーです。
 

で、80年代の後半になると、テクノポップも飽和状態となって飽きられていきます。
日本ではYMOが解散し、身体感覚に直結する良質なテクノポップが無くなります。
代わりにヴィジュアル主体や商業路線の音楽が勃興してきます。

テクノポップのピコピコから派生したと思われるヒップホップも広がりを見せ始め、
リズムを主体としたダンス系ミュージックが人気を博していくようになります。

80年後半から90年代にかけて小室哲哉は象徴的な存在です。
彼は音楽によって商業的な成功を収めたことは有名ですね。

音楽シーンが、「優れた音楽」から「儲かる商品としての音楽」に
より大きくシフトしていった時代だった印象があります。
 

80年代半ば以降からは躍動感のあるテクノポップスは「不作」という暗黒の時代が続きましたが、
ヨーロッパでは「808ステイト」が大ヒットします。

ダンス系ミュージックの台頭を象徴するかの音楽です。
ちなみに「808」とはローランドのリズムマシン「TR−808」のことであることは有名な話しですね。

この頃から、ハウスミュージクが広がり、
90年代になると、ロバート・マイルズやBTらが、
キラキラとした美しいトランスミュージックが席巻し始めます。

この頃に登場したイギリスのソーラーストーン(SolarStone)の「Seven Cities」は、
まさにトランスミュージックを体現した美しい作りになっています。

テクノポップ自体は、80年代で終止符を打ち、その後、ハウス、トランスに移り変わるも、
テクノポップが終焉した80年代から20年経った2010年頃より、
Perfumeが頭角を表し、良質なテクノポップが再び登場してきたと、個人的には思っています。