エーテル体・エネルギー体質~雨の日は気圧の影響を受ける

今日は雨。

気がつけば、どうも雨の日になると、
イマイチになることが出てきています。

昔は、そういうのが無かったものです。
が、1~2年前から、そういのが出てきたり。
雨の日は、どこかイマイチ現象。

今では「気象病」なんつー言葉もあります。
おいおい、なんでも病気にするなよな。

「気象病」なんて言われると、「はあ?」なんて思うのですが、
これは、人によっても違うと思いますが、これも「気」絡みだと思います。
「気」は、いろいろとデリケートなことがありましてね。

こういうことは文字にして書いても意味不明になりますので書きませんが、
人間には、肉体のほかにエーテル体があるってことですね。

で、エーテル体は、気圧、天気、色彩、雰囲気の影響を受けることがあって、
また、そういうのが感じられたりもします。

なので、普通、気づかれないこととか、
感じられないことがわかってしまったりすることもあるんですね。

こういうのを「チャクラ」とかゆー言葉を使うと、
「おお」と思われてしまうのですが、まあ、そういう言葉を使うまでもなく、
人は、気圧、天気、色彩、雰囲気の影響を、
意識するかしないかの違いだけであって、実は受けているんですね。
 

こういう「エネルギー体質」といいますか、「気功体質」といいますか、
こういう体質になってから久しいのですが、
興味深いのが最近、似たような体質の方とご縁ができて始めていること。

で、そこからさらに、この領域の世界と関わることになりそうなこと。
ええ^^;

たとえば、霊能者。
修験行者。
神道家。
気功家。

こーゆー人間関係のつながりといいますか、
そーゆーのが急に出てきましたね。
なんか急に、こっちの世界との縁が出来てきた感があります。

ま、自分の体質を踏まえると、納得なんですけどね。
あー、ついに、こっちの世界なのね、って感じですかね^^;
ま、見方を変えれば、私も霊能者ですし^^;
不思議な占いも使いますしね。
 

しかし、ま、こーゆー世界の隣には「天狗界」がありますのでね。
いわゆる「低層アストラル界」です。
あの空海ですら、ここにいるといいますからね。
危ない。

慈悲・ハートが弱かったり、心が不安定だったり、
迷い、疑い、陰気などの状態が強いまま霊的世界に深入りすると、
天狗界へ流れていく心配があります。

悟り体験をしている人であっても、こうした徳の心が弱いと、
天狗界に行ってしまいます。
で、人を切るようなことを言ってしまって魔人になってしまいます。
 

モノホンの霊能力とかは、高次元のアストラル界になります。
いわゆる「神霊界」ですね。
神岳神集界、万霊神岳神界とかいいますけどね。
こうした高次元の天界とシンクロすることが大切なんです。

で、そのためには、心をよくしていくこと。
心のスタンダードが、高次元であることが必要なんです。

常に愛に満ちているとか、やわらかいとか、やさしいとか、
そういう徳・ハートが当たり前になっている必要が望ましかったりします。

てか、こーゆーのが当たり前になりますと、
向こうの世界からお誘いの声がかかります。

そういうもんなんです。
で、お声がかかったら、本格的に深入りしていくのが
いいんじゃないのかなと思います。
 

と、そんなことを、パチクラとタイピングしていますが、
ホント、最近は不思議。

なんか急にいろんなものが怒濤のように変わってきているので、
現象についていけないところもあるくらいです。

たぶん私の人生の中でも、大きな転換期なんだと思います。
4月の半ばに「林の中を歩く夢」を見ていますしね。

実は、3月、4月は、いろんな夢を見ましてね。
わたしゃ、夢は見ない、あるいは見ても憶えていない質なんですが、
3月4月は、わりと夢を見ていましてね。
で、印象的な夢は全部、ノートにメモ。
記録として残しています。

そんな夢の中で、4月の半ばに印象的な夢を見ましてね。
それは林(木立)の中にある道を歩いている夢なんですね。
木立は、まっすぐに伸びた背の高い木々です。

で、なーんか懐かしい気分なんです。
すっごく懐かしい。
メチャ懐かしい。
この世の感じとは、また違う懐かしい感じ。

そんな気分で歩いているんですが、
歩いているわりには、スピードがあるように感じられて、
これが夢故の不思議な感覚です。

で、ふっと左を見ると、池なんだか湖が見えるんですね。
で、その池だか湖に行ける階段があって、
それを降りていくんですね。

で、そこで夢のシーンが変わったと。
================

林や森の夢は霊的な夢だといいます。
夢に出てくる「林、森」は、「霊的なシンボル」といいます。
先祖の系譜とか、魂の系列といった深い意味のコミュニケーションも意味すると。
つまり、魂レベルの深いところからくる人間関係や未来を暗示。
ものすごく深い夢。
自分の魂と同じか似たような人との出会い、コミュニケーションを含んだ
成長や発展を示す夢なんですね。
別の言い方をすると、自然なかたちや、お気楽でスムースな関係性のある成長や発展という意味

この夢を見たときは、「そういうもんかな」なんて思っていたのですが、
が、本当に、その通りだった!
霊的次元における「新しさ」「変化」を示している夢だったんですね。
 

根源的レベルくらいで、今、怒濤の変化が起きています。
まだまだ、この流れ、方向性は広がっていくと思います。

新しい出会い、新しい挑戦、新しい取り組みなどなど。
2年先には、新しいダシャーにも変わります。
おそらく寿命を踏まえれば、最大の幸運期になると思います。

本当は、74才からのほうがもっと素晴らしい幸運期が巡ります。
が、果たして74才まで生きていられるかどうか^^;
それに生きていても、そんなおじいちゃんになっていれば、
若い時のようにガンガンやっていけるとは考えにくいですからね。
 

まあ、格言に「若い時の苦労は買ってでもせよ」なんてゆーのもありますが、
んなもん、せんでいい^^;と思います。
人生、バラ色で、ハッピーで、何も申し分ナシというのでいいんですよ。

「若い時の苦労は買ってでもせよ」なんつーのは、
感性と知性が粗雑で劣化していて、人の気持ちもわからない鈍感クンとか、
洞察があまりにも乏しい人向けの低次元な教えなんです。

「天界へ生まれ変わると、死後、地獄へ墜ちる」なんてゆー教えがあります。
これなんかは、まさに感性と知性が粗雑で劣化ている天人のことなんです。

豊かな感性、細やかな感受性、深い洞察がある人や天人は、
ムダに苦労などしなくていいんです。
そんな余計なことはしないで、人生ちょーハッピーで、あらゆるものに恵まれて、
しあわせのど真ん中で生きていくのでいいんですよ。

で、そういう幸福の絶頂にあっても、道を違えることはしませんって。
天界に生き続けて、極上の幸福感にあっても、
感性、感受性、知性が鈍感でなければ大丈夫なんです。

感性、感受性、知性が鈍感なのは、要は「自覚が無い」ということになるんです。
自覚が無いから、慚愧も起きない。
反省もしない。
幸運の風に乗り続けて、好き勝手なことをしまくり、やりたい放題になってしまう。
つまり、感性、感受性、知性が弱いと、アホな生き方をしてしまうということなんですね。
天界にいる神々や天人達が悪業をおかしてしまうのは、まさにここにあるんです。
要は、感性、感受性、知性の問題なんです。

「若い時の苦労は買ってでもせよ」はしなくていい~感性と知性が粗く鈍感な人向けのことわざ

って、昔から思っていますが^^;
ま、人生、お気楽、楽しく、ご機嫌麗しゅうのハッピーがいいんですよね。
人は、みーんなハッピーしあわせが好きなんですよね。

なので、わたくしも、皆さんのしあわせ作りのお手伝いをしたいなあ
なんて思うんですね。

ハッピーで♪