天界・天上界へ行く6つの実践方法と、もっとも優れた悟り・解脱の方法

天界も天上界も同じ意味

天界、天上界。
スピリチュアル関係でも、
天界・天上界のことは頻繁に話題にあがります。

といいますか、天界の住民達のメッセージが、
著書にもなっているくらいです。

ちなみに「天界」も「天上界」も同じ言葉です。
他にも言葉がありますが、全部同じですね。
 

これら天界に関して、信頼できる情報もいくつかあります。
たとえば古典では、

仏教(原始仏典)、ダスカロス、シルバーバーチ、スウェーデンボルグといった辺り。
このあたりは、おおむね大丈夫であるかと思います。
中でも仏教で説く天界はかなり詳しく正確だったりします。

天界とはいつもハッピーで楽しい気分の世界

しかしながら、天界、天上界に関しては、パーリ仏典の伝承のほかに、
先ほどの、ダスカロス、シルバーバーチ、スェデンボルグらの
情報も交えますと一つの共通した見解が得られます。

天界、天上界とは、一言でいえば、
「いつもハッピーで楽しい気分」な世界のことになります。

しかもハッピーといっても、下品であったり、意地悪であったり、
背徳な行為に基づくハッピーさではありません。
徳性に根ざしたハッピーな状態、それが天界の世界です。

原始仏典が説く天界の情報は信用できる

ちなみに仏教が説いている世界観が一番信頼できるかなと思っています。
なぜなら、完全に悟り、大神通力を持った阿羅漢という聖者らが数百人も集まって
その内容を確かめあっているからなんですね。

その確認しあった内容が「パーリ仏典」という経典に残されています。
こうしたソースを元にした文言集ですので、かなり信頼できる情報だと思っています。

パーリ仏典は、精度が高く、信頼の置ける超一級資料にもなります。
一人の霊能者、しかも悟っていないちょっと毛の生えた霊能者が語る天界と、
仏教の天界情報はまったく次元を異にしていると思っています。
 

ただし、パーリ仏典や阿含経での言語化や表現には、
やや問題もあるような気がしています。

さすがに2500年前の頃と現代とでは、
言語化の適切さ、表現力の豊かさにおいて違いがありすぎる印象があります。
やはり、現代のほうが言語化、表現は、適切であり精妙である感がいたします。

ですので、パーリ仏典といえども、表現などの細かい点においては、
諸手を挙げて全面賛成というわけにはまいりませんが、
それでも骨子は充分に信頼に足る情報ですね。

パーリ仏典に伝承されている天界~六欲界

ところでパーリ仏典によりますと、
天界は大きくわけると6層から成り立っています。

原始仏教では、大きく分けて6層とみなしています。
この階層によってハッピーな気分も違ってきています。
に天界の6層とは上から順にいうと、

・他化自在天(たけじざいてん)・・・神々を自在に扱う神。
・化楽天(けらくてん)・・・好きなものを自在に生み出せる神。
・兜率天(とそつてん)・・・4番目の快楽の天。仏教徒が多い神。
・夜摩天(やまてん)・・・3番目の快楽の天。
・三十三天(さんじゅうさんてん)・・・二番目の快楽の天。一番広く多彩な神の世界。
・四天王天(してんのうてん)・・・一番下の天。時々人間にアクセスする。
http://www.bukkyouoshie.com/rokuyokukai/

という6つの世界です。
6層から成り立っていますので、「六欲天」といっています。
これが仏教が説く神々の世界です。
 

六欲天の天界は、ハッピーで楽しい世界でして、その楽しさとは、
人間の楽しみが露一滴とすれば、神々の楽しみは大海に匹敵するというくらい、
想像を絶する楽しみと快楽であるといいます。

いってみれば苦しみだらけの地獄や餓鬼の世界とは正反対の世界ですね。
こうした常に快楽を受けている世界が天界だったりします。
とにかく楽しいわけです。
 

また、天界も上に進むにしたがって煩悩が少なくなり、
ハッピーな気分や楽しさもいっそう深まり、精妙になっていきます。
上品さや気品さといった性情も一段と洗練され清まり、
人間でいえば理想的過ぎる気質や容姿にもなっていきます。

ですが、共通しているのは、ハッピーな気分と楽しさになります。
これを「喜(ピティ)」「楽(スカ)」ともいいます。
洗練されたり上品な喜びの世界が「天界」です。
神々の世界です。

天界へ往く方法~6つの方法がある

ところで神々の世界へ行くことは、実はそう難しいことではないとされています。
話しは簡単で、神々と同じことを普段から行っていればよくなります。
このことも仏教では詳しく述べています。

天界へ往く方法は6つにまとめることができます。
つまるところ、徳・善に根ざした生き方をすることになるんですね。

その6つとは、

1.浄めの徳の実践(心を浄め、欲をかきすぎたり、異常な怒りを持たない)
2.喜びの徳の実践(常に元気でほがらかにして陽気であること)
3.慈悲の徳の実践(生き物や物質にも感謝と愛情を持って接し続ける)
4.施しの徳の実践(物質的にも精神的にも施し続ける)
5.礼節の徳の実践(礼拝、礼儀、礼節を守り、うるわしい態度を守る)
6.戒めの徳の実践(五戒、十善戒、八戒斎を守り自制する)

となります。

これらのうち、どれか一つの徳目が身につくようになると、
死後は天界へ生まれ変わることができるといわれています。

もちろん全部できることが望ましいのですが、まずは自分ができそうな徳目を一つ選んで、
それから始めて、自分のモノにして身につけてゆくようにしたほうがいいですね。

では、これら6つの徳目を、以下、順を追ってご説明いたします。

「浄めの徳」の実践

最初の「浄めの徳」とは、「心を浄めること」をいいます。
心に穢(けがれ)が無いようにすることですね。
欲をかきすぎたり、異常な怒りを持たないことでもあります。

神道でいうところの「天晴れ(あっぱれ)」です。
カラリとした心の状態。
スッキリ、シャッキリ、クリーンで、ツルリンとした清々しい状態ですね。

これが「心を浄めること」
「浄めの徳」ですね。

神道の精神にも通じますが、
仏教においては最重要視している徳です。

そもそも心が不浄であると、穢(けが)れとなって、
陰の気を招き、悩み迷いを生じます。
そうして欲をかきすぎるようになったり、怒りっぽくなったりします。
物事もスムースに進まなくなって、ゴツゴツとしてきます。
物心ともに、不遇、不幸という現象にまみえることも出てきます。

「心を清らかにする」ことはとても大事なことです。
基本ですね。

で、心を清らかにすることで、今すぐ天界を実現できます。
また亡くなった後、天界へ往生するようになると言われています。

「喜びの徳」の実践

次の「喜びの徳」とは、
常に元気で、ほがらかで、陽気であることをいいます。

「心を浄めること」にも通じますが、
「喜びの徳」は、陽気・明朗さ・明るさにフォーカスした
表現といってもいいですね。

すがすがしさにフォーカスしたのが「浄めの徳」。
陽気やエネルギーにフォーカスしたのが「喜びの徳」。
こういう言い方もできるかと思います。

元気にあふれ、陽気発動して、明朗であることは、
天界へ往き、天人となる要素です。

で、「喜びの徳」も、今すぐできることです。

「慈悲の徳」の実践

あと3つ目は、「慈悲の徳の実践」ですね。
生き物や物質にも感謝と愛情を持って接し続けることです。

いわゆる「無条件の愛の実践」ですね。
見返りや報酬を期待しない「愛の実践」。

「ほどこし」の根底にあるハートですね。
ええ、慈悲とは、ハートのことです。

ハートが大切といいますが、本当に、そうなんですね。
で、ハートこそが、天界へ転生できる最上の実践だったりします。

「施しの徳」の実践

あと、「施しの徳の実践」があります。
物質的にも精神的にも施しをし続けることですね。

ただし、見返りや期待をしない純然たる「ほどこし」です。
また笑顔で、喜びの気持ちで行うことが大切です。

逆にいいますと、ブスっとした表情で、
嫌々、面倒臭がってやるんじゃあ徳にはなりません。

「施し」は、ともすると「行為」で評価されるところがありますが、
本質は、そうじゃあないんですね。

「施し」をする際の「心の様」が大切です。
天人的な気持ちで、天界的な心の状態で、
つまり「喜んで」「相手の幸せを感じて、思って」施しをすることが大切です。

この「ほどこし」「与える」ことを徹底して行い続けると、
幸運エネルギーが蓄積されてくるようになります。
 

「ほどこし」の実践行でお金のかからない「無財の七施」といわれる徳行があります。
「無財の七施」は、施しの実践の本質を突いています。
「無財の七施」とは、

1.やさしいまなざし
2.にこやかな顔
3.思いやりのある言葉使い
4.自分の体を使って奉仕すること(無償のサービス)
5.気配りをしたり、他人の喜びを共有する
6.譲ること
7.快適な状態になるようにサービスすること

といった「ほどこし」の徳項です。
お金が一切かからず、その気になれば、誰でも今すぐにできることです。
「心の有り様」が大切なことがよくわかります。
http://www.bukkyouoshie.com/rinne/sekai.html

現代風に改めてみましたが、これが「無財の七施」ですね。
要は、相手に心地よさを憶えさせるサービスです。
 

こうした「ほどこし」をしていますと、天人のような豊かで明るく
きよらかなオーラを発する存在になっていきます。

で、死後、本当に天界に往生するようになります。

純然たる「ほどこし」の実践をしていますと、
現世で、天人的になってきます。

物質的にも精神的にも「ほどこし」「サービスをする」をしていますと、
人間関係がよくなる、信頼されるといった、とにかくメリットも大きいですね。
これをやらないのは人生をつまらなくするとも思いますね。

「礼節の徳」の実践

5番目の「礼節の徳」とは、文字通り「礼節」のことです。
礼儀、マナー、礼節といった行為も徳になります。

事実、原始仏典の一つである「天宮事経」という古いお経には、
この「礼節の徳」を大切にしたところ、
死後、天界に生まれ変わったことを数多く伝えています。



 

しかし現代では「礼節」というと、
「慇懃無礼」とか「堅苦しい」といって、
礼節は軽んじられる傾向です。

けれどもTOPに応じて、礼節を守るようにしますと、
そこには奥ゆかしい気品と、すがすがしさが出てまいります。
 

「礼節」の本質をいいますと、それは「姿勢」になります。
姿勢がいい。
シャキっとした立ち居振る舞い。
凛とした出で立ち。

慣習としてのマナー、礼節というのは、表面的になります。
「礼節の徳」の本質は「心の姿勢」。
それが、体の姿勢や立ち居振る舞いにも出てくるってことですね。

ゆるみ過ぎて「だらりん」とした様ではなく、
いい塩梅でピシっとした凛とした「心の姿勢」。
これが「礼節の徳」になります。

「戒め徳」の実践(五戒を守る)

最後の「戒めの徳」の実践とは、五戒に集約されるように
最低限のモラルを守ることですね。

五戒とは、

1.生き物をやたらと殺さない
2.与えられていないものを盗らない
3.嘘をつかない
4.不倫をしない(酷い言動をしない)
5.飲酒などし過ぎて前後不覚になることをしない

といったモラルと規範ですね。
徳に基づき、五戒を守ることを常としていれば、
もう現世でも天界を実現できます。

あと「五戒(ごかい)」のほかに「十善戒(じゅうぜんかい)」「八戒斎(はっかいさい)」
というのもありますが、「五戒(ごかい)」が基本になります。
 

ただ現代では、また日本人は、モラルを守ることが浸透しています。
2500年前のインド人は(現代もそのようですが)、
モラルすら守ることができないところがありましたので、
仏教などでは「五戒」といって、最低限のモラルを示したと考えられます。

時代背景なども考慮しませんと、いたずらに原理主義や教条主義となり、
かえって心を歪めてしまうことも出てきます。
 

さしずめ日本では、おおむねモラルは守られていますので、
特別に気をつけたほうがよい項目があれば、
気をつけるようにしたほうがいいと思います。

ちなみに仏典には、「五戒」を守ることで、
死後、天界へ転生したケースがたくさん掲載されています。

要するに、最低限のモラルを守ることで、良い境涯となるという
わかりやすくも重要な教えになりましょう。

悪徳に生きると不幸でつらい生命になる

以上の6つの実践が、天界へ転生できる方法だったりします。

先述の通りでして、この6つの項目のうち、どれか一つが身につくようになると、
死後、天界へ生まれ変わることができます。
全部、できるようにするのが望ましいのですが、初めて取り組む場合は、
まず自分ができそうな徳目を一つ選んで、それから始めることがお勧めです。

しかし逆に、もしも「浄め」「喜び」「慈悲」「施し」「礼節」「戒め」の徳に
背くことをいつもしていれば、天界へ行くことはできなくなります。

それどことろか、将来、苦しみの多い人生を再現し、
嫌な目に遭うことが多くなります。

死後、いつも悩み苦しみ情緒不安定で陰気な「餓鬼(ガキ)」
恐れおののいて知性も働かない「畜生(動物)」
戦い競い合って傷つけ合うことが快感で喜びな「修羅(しゅら)」
常に恐怖や怒り恨み憎しみの業苦に責められる「地獄」
といった状態になると言われています。

天界へ転生するよりも優れているのが「悟り」「解脱」

というわけでして、神々の住まわれる天界へのことと、
この世界へ転生していく方法をご紹介しました。

ですが、神々といえども、寿命が来れば死んでしまい
また別の生命に転生していきます。
で、転生を永遠に続けていくわけですね。
 

そこで、この転生を二度としない方法を仏教では説きます。
それが「悟り」「解脱」ですね。

「悟り」とは真理にひらけることをいいます。
「解脱」とは、完全なる悟りによって得られるもので、
輪廻転生しないことになります。

仏教では、「悟り」「解脱」の方法を述べています。
あるいは、アドヴァイタで述べています。
いろいろな説明の仕方もありますね。
 

が、要するに、究極の「涅槃」「真のアートマン」となることであって、
これを実現するのが「戒定慧(かいじょうえ)」という三学の実践であったり、
「本当の自分」「宇宙意識」「真我」「純粋意識」といった
「意識」に開けていくことから始まります。

この実践の要諦は「今ここ」といったことになります。
「本当の自分」「宇宙意識」「真我」「純粋意識」を感じ取り、
これへの「エーカガッタ(一境性)」を深めていくことになります。

・涅槃との同一化を瞑想でトレーニングしていくことと(ラージャ・ヨーガ)
・真我探求を行うこと(ギャーナ・ヨーガ)
・高次の存在へ献身的にしていくこと(バクティ・ヨーガ)
・見返りのない善行を続けていくこと(カルマ・ヨーガ)
・身体的なアプローチでエネルギーから開けていく方法(ハタ・ヨーガ)

になってきます。
要するに「エゴマインド」とは異なる存在に
シフトしていく実践になりますね。