天宮事経29「優天宮」~清らかな心、モラルを守る、ほどこしの3つを続ければ必ず幸せになれる

悪しきものに染まらず、悪を超え、
善に生きようと努める先には、善なる世界が待っています。
善なる世界に天界がありますね。

そんな天界へ生まれ変わった2500年前の人達のエピソードを集めたのが
「天宮事経(てんぐうじきょう)」。

天宮事経~施し・五戒・礼節の徳を行えば人は死後、天界へ生まれ変わる

天宮事経の中には、涙もののエピソードもあります。
そんな感動的な実話をご紹介。

人間だった時代、周囲は心が汚く、行いも酷いという人達ばかり。
そんな劣悪な環境でも、心を清らかにすることを保ち、五戒を保ち、
施しに勤めた貧しき女性が、女神として転生した話しです。
現代風に訳してみましょう。

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天宮事経29「優天宮」

ここは三十三天。
天界の第二層(下から二番目、上から四番目の天界)。
ここに絶世の美女、優天宮の女神がいらっしゃる。

ブッダの弟子で、超能力が最も素晴らしかったモッガラーナ尊者が、
ここへ訪問したときだった。

おお、女神よ。
あなたの名声は、三十三天の世界では知らない天人がいないほど、
遠くまでとどろいています。

容姿端麗で、なんと美しく素晴らしいことよ。
絶世の女神よ。

そんなあなたを尊敬し、讃える天女や天人も大勢。

有村架純や、佐々木希、欅坂46らのように
可愛らしく美しいアイドルタレントから、
ジャニーズ系のタレントが歌って踊って、
あなたを楽しませます。

あなたの住居は極上で壮麗で素晴らしい。
最高級の住居にお住まいである。

おお女神よ、そなたは天界の住人として、
楽しみを受け続けている。
しかし、一体、どうやって、この世界にやってきたのですか?

女神いわく
私は人間だった頃、心が汚く、戒律も守らない
行いの悪い家に嫁ぎ、妻として勤めを果たしていました。
しかし、家の者は心清らかではなく、ケチで自己中心的な人達でした。

でも、私は苦しかったけれども、そういう中でも、
心を清らかにしようとし、戒を持ち続けようと努めていました。

ある日、一人の修行者が食を乞い来ましたので、
私は喜んでお菓子を差し上げました。

そうしたところ姑は私を責め立てました。
「私によこさないで、どうして修行者にやったのだ!」と。

姑は怒り、棒で私を叩きのめしました。
私は肩の骨を折り、その傷がもとで、長く生きることができなくなりました。
私はその後、まもなく亡くなりました。

けれども生前の行いにより、今、こうして三十三天にいます。

・心を清らかにすること(信)
・五戒(モラル)を守ること(戒)
・施しをすること(施)

これらによって、この女性は、死後、三十三の天界に生まれ変わり
優れた容姿の女神となった。
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こういうエピソードです。
こうした話は今でもありますね。

周囲に性格がよくない人が多い。
そういう中でもやっていかなければならないときもあります。
じっと我慢して、流されることなく、辛抱し続けることも。
そうして反対に、心を清らかにし、五戒を保ち、施しに励む。

そうした行為の功徳は、死後、天界へ生まれ変わり善業となり得る。

人は苦しいときも、歯を食いしばって、
石にかじりついてでも善を貫く必要があります。

このお経は、そうした劣悪な環境の中でも、善を貫き通した女性の話としても
受け止めることができるかと思います。
 

ちなみに現実的なことをいいますと、あまりにも劣悪な環境である場合は、
我慢し続けていますと鬱病になってしまうのが昨今です。

辛抱し続けて壊れてしまう前に、離婚するとか、別居するとか、転職をするとか、
環境を変えるとかの何らかの行動に出たほうがいいと思います。

辛抱し我慢しましたので、その功徳はちゃんと残ります。
厳しい環境にあり続けるのも前世の業もあるかもしれませんが、それはそれ。
自分が潰れてしまっては、もともこうもありません。

あまりにもツライときには、身内に相談するとか、
その環境から逃げるとかも必要です。

逃げることは決して悪いことではありません。
自分という命を守る行為ですね。

しかし、後ろめたさを感じる場合は、
もしかすると、まだ余業があるのかもしれませんね。

でも、一端は退却するのも選択肢の一つです。
 

それにしても。
善を軸にし、幸福と楽の中で修行するのが、
ブッダのダンマの特徴でもあります。

しあわせになる、しあわせな心であること。
これが基盤となった修行は、進むようになります。

ブッダの修行の素晴らしい点は、
現世で悟ることができなくても、来世で悟ることができなくても、
まずは幸せになれること。

で、ダンマを実習するに従って、
その幸せも天界のように、外側から刺激を受けて享受する快楽ではなく、
自分の内側から自ずとわきあがる幸福感が感じられること。
まったく性質の異なる幸福感。
苦しくても感じられる幸福感が芽生える。
そして、その幸せの流れの中において、悟り、完全なる悟りへ至るということ。

世界中の悟道においても、これほど魅力的で合理的な悟道は、
ほかにないでしょう。

だからブッダのダンマは尊いんだと思います。
ほかにも悟道はありますけどね。
でも、改めてブッダのダンマに心底、惚れ直します。
最高ですね。

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