将棋は奨励会に入って26歳までに四段に昇進しないと追放という修羅の世界~羽生善治氏は平成の大天才棋士

平成の天才将棋棋士・羽生善治

将棋の羽生善治さん。
相変わらず強いですね。本当に天才でしょう。永世竜王、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖の称号を保持しています。
これだけでもごいすーです。平成の天才将棋棋士です。

羽生善治さんが登場したのは、確かバブルに入った頃だったでしょうか。それともバブル全盛の頃だったろうか。

ウルトラ級の超弩級天才の出現に、胸ワク状態になったものです^^で、前人未踏の「七冠制覇」を達成。メディアで何度も取り上げられましたね。

将棋に興味の無い人であっても「羽生善治」という名前は知っているはずです。今では、知らない人はいないとすら思いますね。

で、奥さんがタレント・女優の畠田理恵さん。芸能人。これにもビックリ。

そもそも、アンタら、どこで知り合ったヨ、と謎めく馴れ初め^^;

畠田理恵
https://www.youtube.com/watch?v=7l2zGVJJKpY

地味で変わり者が多いとされる将棋の世界において、羽生さんは、おとぼけキャラのノーマルな感じ。これに加えて、奥さんが芸能人という芸能カラーもあります。

それまでも将棋棋士のイメージとは、あらゆる点から異なり、あらゆる棋士のイメージをも超越してしまった天才棋士。

羽生さんは、それまでの将棋のイメージを、あらゆる点において一新もしています。いろんな意味で凄すぎなんですね^^;

将棋の「7大タイトル」

ところで、将棋の世界にはタイトルがあります。名人とか、そういうタイトルです。

で、このタイトルには7つあります。

名人、棋聖、王位、王座、竜王、王将、棋王

この7つですね。

「7大タイトル」なんて言われたりもしています。「名人」は、江戸時代からあるタイトル。最も伝統的とか。

で、将棋のタイトルは、なんと全て「新聞社」が関わっています。全部、新聞社絡み。スポンサーなんですね。

優勝賞金とか、大会の運営とか、そのスポンサーが新聞社ってことです。新聞社の申し子、これが将棋タイトルの正体だったりします。

しかし、斜陽産業の最たる、明日にでも潰れそうな新聞社がスポンサーです^^;将棋って未来の無い新聞社があってナンボだったりします。ちょっと大丈夫かな。将棋の未来はかなり暗いんじゃないかと。

で、斜陽産業(新聞社)主催の将棋の「七大タイトル」は、ざっとこんなモンです。

名人・・・現在は、毎日新聞と朝日新聞がスポンサー。
棋聖・・・産経新聞
王位・・・北海道新聞、中日新聞、神戸新聞
王座・・・日本経済新聞
竜王・・・読売新聞
王将・・・スポニチ、毎日新聞
棋王・・・共同通信

こんな感じですね。で、この7つのタイトルを巡って、毎年、プロの戦いが繰り広げられるわけです。

知られざる「厳しいプロの将棋の世界」

しかし、将棋の世界は、ものすごく厳しかったりもします。ええ「知られざる世界」の一つ、それが将棋の世界だったりします。

将棋の世界は「究極のヒエラルキー社会」、「弱肉強食の世界」といっても過言ではないでしょう。

もっとも、グローバル企業のように、大資本を背景に、ガツガツと弱小企業を食い荒らすようなものではありません。個人の才能と運、それと「人生」を賭けたガチンコ勝負の世界、それが将棋です。

羽生善治さんは、いつもニコニコしていて、「のほほ~ん」としたキャラです。のどかな感じが伝わってきます。

羽生善治さんを見ていると「将棋の世界って楽しそう」なんてゆーイメージを抱いている人もいるかもしれません。が、それは完璧に大間違いだったりします。

将棋の世界は、現代でも熾烈・過酷な世界の一つです。大学受験や資格試験の厳しさとは比較になりません。壮絶な戦いの世界だったりします。

「人生を賭けた棋士人生」
「修羅の道」
といっても過言ではありません。

将棋界の虎の穴「奨励会」~26歳までにプロになれない者は追放

そもそも将棋の世界でプロになるためには、「奨励会」に入らないとダメです。「奨励会」は、プロ棋士になるための登竜門です。

まずは「奨励会」に入らないとダメ。プロへの道が開けない。司法試験でいえば、法科大学院に入らなければならないのと同じです。

で、奨励会は、最初は7級から始まります。7級から何をするかといえば、月に二回、将棋の勝負をします。で、勝って一定の成績を収めると、6級に昇進します。

これをずっと続けて、6級、5級、4級、3級と進み、そうして初段、二段、三段へと登りつめます。

で、最後の関門が「四段」。最後の関門です。「四段になればプロになれる」ということなんですね。

まずは21才までに「初段」に昇進しないとならない

しかし、この道が誠に厳しい。極めて厳しかったりします。

そもそもゴールの四段といっても、まずは、21才までに「初段」に昇進する必要があります。

てか、21才までに初段にならなければ、その時点で棋士人生は終了。奨励会を退会させられ、プロ棋士への道は終わります。21才で終了。

ひょえぇぇぇぇ~ってなるわけなのですが、ちっちっち、これは序の口でっせ。

26歳までに四段(プロ)にならないと永久追放

「21才初段」の関門をくぐり抜けたとしても、次の関門が待っています。最後の関門です。

それが、「26歳までに四段になる」という関門。26才までに四段にならなければ「人生オワタ\(^o^)/」になります。

つまり、26歳までに四段になれなければ追放。

棋士人生、ハイ、そこまで!「ご苦労様です」「はいサヨウナラ〜」てな具合で、強制終了です。

はぁぁぁぁぁ〜〜?ってなるのですが、これが将棋指し人生の現実。

「追放」という形で、強制的に道は閉ざされます。26歳までにプロになれなければ、終わりです。

将棋のプロ棋士への道は極めて厳しいいばらの道

ちなみに、ここまでの話しは、「プロになるための登竜門」の話しですからね。プロになるために、こんなに熾烈なお仕置き、もとい関門を突破しないとならんわけです。

プロ棋士って、どんだけいばらの道やねん、って感じです。

これ、初めて知った人は愕然とするかもしれませんが、ホントの話し。

26歳までに四段になれないと、プロ棋士の道は閉ざされてしまうわけです。まさに「人生ヲワタ\(^o^)/」。

で、現実的なことをいえば、21才で初段になるというのは、実は、将来の見込みが無かったりします。

というのも、プロ棋士になるような人は、20才くらいには、既に三段になっているからです。しかし、三段へ昇進するのが、これまた大変だとか。

現実からいえば、21才で初段になったとしても、プロ棋士になれる可能性は少ない。

四段の壁は高いわけです。20歳くらいで三段となっても、26才まで5〜6年あります。
どうです?
将棋の世界の厳しさと恐ろしさ。

「21才までに初段」と、「26才までに四段」という年齢制限のあるハードルを越えていく必要がある、と。

こうしないとプロにはなれないということです。極めて厳しい世界です。途中で辞めてしまう人も多いというのもうなずけます。羽生善治のニコニコ顔って、空恐ろしくなりませんか^^;

奨励会は「将棋エリート」だけが集まる将棋の梁山泊

ですが、ここまで読むと、「ふーん確かに厳しいな、しかし20歳までに三段になればいいのか。で、残りの数年で四段になればいいわけでしょ。別に、そんなに大変じゃないじゃん」なんて思うかもしれません。

いやいや、ちょっと違います。ちょっとどころか、かなり違います。

そもそも「奨励会」に入るような人は、子供の頃から将棋が強く、各県の大会でも優勝とかするような「猛者」ばかりです。強豪です。「将棋エリート」だけが入ってくる特殊な世界です。

で、奨励会に入るのは、大抵、小学生の頃からです。羽生善治さんも、小学5年生の頃に、奨励会に入っています。

で、羽生さんなんかは、奨励会に入る前に、子供の将棋大会で優勝を何度もしていたわけです。羽生さんの場合は、アマチュア将棋の世界では名が知られた実力者だったりします。

こうしたアマチュア将棋指しの「猛者」「強豪」「エリート」が、全国からぞくぞく集まって、奨励会に入ってきます。で、日々、将棋の研究と戦い。

梁山泊とでもいいましょうか、もう最強レベルの頂上決戦が日々行われる、最強の将棋ファイターが集って、日々戦い続ける世界です。まさに将棋の「虎の穴」。

プロ棋士への道は正真正銘の「人生を賭けた」修羅の道

で、将棋の「虎の穴」な奨励会に入ると、7級から始まって・・・となるわけです。

もう壮絶なバトルだといいます。毎日が、将棋の戦い。戦い、戦い。修羅の世界。

奨励会に入門する、ほとんどの人が、小学生から将棋一筋。中学、高校の勉強はほとんどしない人もいるとか。特に昔は、そうだったといいます。

将棋一本。
将棋だけ。

将棋に人生を賭け、
将棋だけに生きていく。

一つのものを求めていく姿は、修行僧に近いものがあります。
しかし、26歳までにプロになれなければ、そこで終わり。人生を賭けた「バクチ」です。

そんな「棋士人生」を、小学生の頃から歩む。そうして、二十歳を越えて、ようやく三段に。

いやいや、三段にまで上ることができれば、すごいことです。途中で奨励会を辞めてしまう人も少なくないとか。

で、頑張って、粘って、ようやく三段になって、あともう一息で四段王手となっても、26歳までに四段になれないと、ポイ。

退会。
追放。

え?マジ?
ってなりそうなのですが、本当だったりします。今まで積み重ねてきた全てが消える瞬間です。

将棋の世界は「勝てば天国、負ければ地獄」

「勝てば天国、負ければ地獄」。一局、一局が真剣勝負。目には見えなくとも、「真剣」での斬り合い。

色はにほへど 散りぬるを
我が世たれぞ 常ならむ
有為の奥山  今日越えて
浅き夢見じ  酔ひもせず

凄まじい世界です。勝負の世界で、ここまで人生を賭けた厳しい世界は、ちょっとほかにないと思いますね。

なんたって、人生でも大切な「青春」の時代を、将棋だけに賭け、26歳までに四段になれなければ、それまでの努力も、時間も、全てパーになってしまうわけです。

たとえ本人に「まだ挑戦したい!」という意欲があったとしても、制度的に「強制終了」。

羽生善治は非凡過ぎる天才

こんな世界は、ほかに無いと思いますね。「日本最強の厳しい修羅の世界」でないかとすら思います。リアル「虎の穴」でしょう。

それ故に、羽生善治さんは、あまりにも非凡過ぎるわけですね。将棋の栄冠「7大タイトル」の全て手にしてしまうなど、普通、考えられません。

天才級そろいの棋士をも超越しているわけです。こんなことは通常あり得ませんわな。

しかも、将棋の戦いに敗れた人達を踏み台にしているわけです。といいますか、プロをも含めて全ての将棋人を踏みつけて、全ての栄冠を独り占めしたわけですね。なんとも厚かましい^^;

と、このように書くと、ひょうひょうとしてニコニコとした風体の印象が強い羽生善治さんのその顔の裏に隠れている将棋界の修羅のリアルさがわかりますと、見方が変わるかもしれませんね。

プロ棋士になれなかった人は悲惨

で、プロ棋士になれなかった人が、その後、大変苦労しているケースは、結構あるようです。そんなドキュメンタリ番組を、昔、NHKでやっていました。

多くは、将棋関係の仕事に就くようですが、それも一握りであるとか。中学、高校の勉強をほとんどしてこなかったわけですので、一般社会への適応も難しいとか。

今では、その悲惨なケースを反面教師にして、将棋を失った後の人生設計も視野に入れる方も多いのではないかと推測します。

昔は、将棋に人生を賭けて、将棋一本の人生を突き進んだ故に、将棋を断たれた後の人生は、悲惨であったとか。

修羅の将棋の世界の空気を変えた羽生善治

そんな修羅な世界の棋士指し人生でありますが、羽生さんは以前、公文式のCMにも登場しています。

羽生さんは、公文で勉強したのかもしれませんが、奨励会にいる方は、「そんな勉強どころではなく将棋一本」という方もいたのではないかと。

ですが、羽生さんは、小学生の頃は、「将棋一筋」では無かったといいます。

◆羽生善治三冠インタビュー「親の期待がなかったから強くなれた」
http://diamond.jp/articles/-/52738

案外、こういういうものかもしれませんね。非凡すぎる天才というのは、鼻歌交じりで偉業を成し遂げてしまう。「天才故に」です。

羽生さんは、「修羅の将棋の世界」を改革するために生まれてきた「将棋の天才」「将棋の神」「棋神(きしん)」なのではないかと思うときがあります。

いやいや、これは勝手な妄想ですけどね。

人生を賭けた厳し過ぎる将棋の世界において、「まー、そんなに張りつめて勝負、勝負とかしないで、もっとお気楽にゲームとして楽しみませんか?ははは〜(^o^)」

というメッセージを将棋界と棋士に伝えるために降臨してきたのではないかと。で、張りつめた棋士のマインド革命を行ったと^^

前人未踏の「七冠独占」を達成した羽生善治

羽生善治さんは、1995年に、前人未踏の「七冠独占」を成し遂げています。まさに「棋神(きしん)」。

第四十四期王将戦です。谷川浩司氏との対局ですね。メディアでものすごく報じられましたので、ご存じの方も多いと思います。

しかし「七冠独占」なんて、ふつー、あり得ない^^;

巨大な将棋界のヒエラルキーの頂点を、全部独り占めにしてしまったわけです。
⇒将棋タイトルホルダー

で、今でも強い。3~4タイトルホルダーであり続けています。こんなのが20年以上、続いている。

化け物ですよ。「奇人」の「鬼神」な「貴人」の「棋神」ですよ^^;本当にすごすぎです。

今では、藤井聡太プロが登場し、世間を賑わせています。でも、これって平成の大天才、羽生善治さんの再来の感もありますね。デジャブ感覚です。

厳しい将棋の世界。メディアでは、将棋界ヒエラルキーの頂点である「タイトル」を見ることが多いと思います。

が、ピラミッドの頂点より下では、熾烈な戦い、修羅の戦いが、日々繰り広げられていたりもします。

将棋も人生を賭して我が道を歩む世界

とまあ、将棋の世界を少し深くみていきますと、将棋の楽しみ方も一つ増えるんじゃないのかな、なんて思ったりもします。

こんなこと書いていますが、私は、将棋は下手です。どうもカンがつかめません。ヘボ将棋なのですが、将棋の世界には興味があったりします。

なんか、こう、一つの世界をストイックに追及する、その姿がいいんですね。

「人生を賭(と)して、我が道を歩む」

自分も似たようなものです。だからこそ、棋士の世界に共鳴するのかもしれません。

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