本当の仏教の歴史~パーリ仏典は本当に正しいのか?仏教史の真実と誤解、日本仏教再生への提言

仏教史。
仏教史には、随分と誤解や勘違いが広まっている印象があります。
たとえば、
・インドでは大乗仏教が勃興した後、原始仏教(部派仏教)は滅んだ
・日本には大乗仏教が伝わっている
・パーリ仏典はブッダが説いた本当の言葉そのものが伝承されている
・パーリ仏典にはブッダの教えが全て正確に伝承されている
・テーラワーダ仏教こそ本当の仏教(原始仏教)
このように考えられ、受け止められているかもしれません。

けれどもこれらは全て違います。
百歩譲っても正しいとは言い難いことです。
ほとんどが誤り、誤解ですね。

どこがどう違っているのか誤解なのか。
これらのことについて、今回はご説明したいと思います。

多くの弟子がブッダと同じ体験をしていた原始仏教

お釈迦さまご在世の頃、輪廻転生が止んだ究極の状態(涅槃)や、究極の生命に到達したこと(阿羅漢になったこと)をはじめ、輪廻転生の実相も全て解明されていました。

しかもお釈迦さまだけでなく、お弟子さん達も同じ見解に至っています。
さらに弟子で悟った人の数も、何百、何千です。
数多くの弟子達が同じように輪廻に終止符を打ち悟っています。
ニルヴァーナに至っています。
原始仏教とは再現性のある驚嘆すべき教えと実践だったりします。

原始仏教で伝承されていることは、
数多くの弟子達によって追体験され、検証されたことだったりします。

また人間の構造に関すること、亡くなった後の世界、輪廻転生について、
最も正確で最も信頼が置ける情報であると思います。

原始仏教は全て「体験から導かれた教え(ダンマ)」であることと、
数多くの弟子達が追体験しているという点にも特徴があります。
体験主義であり、実証主義であるということ。
この点が信頼をおける点だと思っています。

原始仏典といえども全て伝承されているとは限らない

ただし原始仏典といえども、当時の教えが全て正確に伝承されているのではありません。
元々「ガータ(詩)」という暗記しやすい詩の形で、ポイントだけを伝承していました。

ところが途中から、このガータ(詩)を元に散文化(文章化)が始まります。
ガータ(詩)はエッセンスだけを伝承していた「あんちょこ」のメモとも言えます。
こうしたガータ(詩)を元にして経典という文章に仕立ててしまったわけですね。

そのためパーリ仏典にはガータ(詩)の名残があります。
同じ言い回しが繰り返されてもいます。
無味乾燥な表現が連続しています。
ガータ(詩)の原型を残した文章になっています。
文章としては不自然なんですね。

また元々ガータ(詩)ですので、パーリ仏典といえども
必要最低限の情報だけが記載されているのでしょう。
実際、具体的な話しは詳細な説明は乏しい傾向があります。
これも元々暗記のための「あんちょこ」だったガータ(詩)だったからでしょう。

さらにお釈迦さまがお亡くなりになって100~200年くらい経ってから分派も起きてもいます。
これを「部派仏教」といっています。
この分派活動の時代に、それぞれの部派で経典や論書の創作も盛んになっていきます。
そうして仏教そのものが混乱の度を深めていきます。

あと、そもそもインド人の多くはアーリア系の人種です。
自我もマインドも強く、個性的な人が多かったりします。

こうした気質が影響してか、仏教においてもどんどん変容していっています。
オリジナルから離れていったり、変容もしていきます。
お釈迦さまが誕生してから約1800年後にインドではほぼ完全に消滅してしまいました。

インド人の性格や歴史を踏まえると、お釈迦さま在世当時の仏教そのものは、
全てが伝承されていない可能性も考えられます。
パーリ仏典に、お釈迦さまの教えの全てが伝承されているとは、到底、考えにくいんですね。
エッセンスや見出しだけが伝承されている。
そう考えたほうが適切です。

混乱している仏教の歴史~日本には原始仏教も大乗仏教も伝承されていなかった

仏教にはこうした歴史があります。
しかも「仏教」「仏典」といっても実は数多く存在しています。
これがまた仏教をややこしくしています。

先述の通り、仏教はお釈迦さまが登場してから約1800年後にインドで消滅しています。
そしてこの1800年の間に仏教そのものが様変わりもしていっています。
様変わりしているといっても、全てがエセ仏教ということでもないんですね。
後述しますと、龍樹の「空」や世親らの「唯識」などは、
ブッダの教えを別の側面や形で表現したものになります。
決して間違いではありません。

けれども厳密な意味で「仏教」といえば、お釈迦さまが在世していた当時の仏教になります。
これを「初期仏教」「根本仏教」「原始仏教」といっています。

大乗仏教と原始仏教とは併存しどちらもそれほど違いはなかった

しかしお釈迦さまが亡くなった後、表現を変えながらいくつかの仏教が登場してきています。
そのうち代表的なのが「大乗仏教」です。

大乗仏教は「本当の仏教ではない」と言われています。
しかし、こうした受け止め方は短絡的だったりします。

変容しているのは表向きだけ。
中身そのものはお釈迦さまの仏教がちゃんと伝承されていたりもします。

そもそも、インドにおける大乗仏教とは、
 ・中観派(ちゅうがんは)・・・初期大乗(龍樹が祖)
 ・瑜伽派(ゆがは)・・・中期大乗(弥勒が祖)
この2派になります。

この2派がインドにおける大乗仏教になります。
意外とこのことは知られていません。

また、仏教が滅びる13世紀頃まで、原始仏教と大乗仏教は併存していました。
しかも原始仏教(部派仏教)と大乗仏教(中観派・瑜伽派)との違いは、ほとんど無かったといいます。
どちらも250の戒律を守り、「四諦」を実践していました。
違う点は、大乗仏教は菩薩を立て、大乗仏典を護持していたくらいだといいます。

実質的にはどちらも同じ。
原始仏教も大乗仏教(中観派・瑜伽派)もほとんど同じ。

修行の仕方もどちらもほとんど同じ。
修行もどちらも四諦が中心。
表現している文言(経典)が違うだけ。
実習、修行はほとんど同じ。
これが実際の姿だったわけです。

原始仏教は最期までインドの主流派だった~原始仏教は衰退していなかった

インドでは原始仏教と大乗仏教とが併存していました。
しかも、仏教が滅ぶ13世紀まで「原始仏教」がインド国内では主流派でした。

事実、インドにおける仏教部派の割合は、
 ・原始仏教(部派仏教)・・・60%
 ・大乗仏教(中観派・瑜伽派)・・・25%
 ・原始・大乗混合・・・15%
といった割合になっていました。
※このことは後述しますが、義浄の「南海寄帰内法伝」や玄奘三蔵の「西域記」にあります。

ご覧の通りで、原始仏教(部派仏教)が13世紀まで過半数を占めています。
原始仏教(部派仏教)が主流だったのですね。
決して大乗仏教が幅を利かせていたわけではありません。
驚きませんか?

原始仏教が衰退して、大乗仏教が取って変わったと思われている節もあります。
が、そうではありません。

原始仏教と大乗仏教は併存していました。
しかも、原始仏教が最期まで主流だったわけです。
途中で衰退したり消滅していません。

これらのことは中国僧「義浄」の「南海寄帰内法伝」にあります。
また「玄奘三蔵」の「西域記」にも同様の指摘があります。

大乗仏教(中観派と瑜伽派)は、原始仏教と大きく違えていなかったということですね。

日本の仏教は本当の大乗仏教でもない亜流の仏教だった

しかしながら日本の仏教は大乗仏教ではありません。
日本の仏教は「大乗仏教」といわれています。
が、「インドで主流だった大乗仏教」とは異なります。
別物です。

先にも書いたとおりですがインドにおける大乗仏教とは、
 ・中観派(ちゅうがんは)・・・初期大乗(龍樹が始祖)
 ・瑜伽派(ゆがは)・・・中期大乗(弥勒が始祖)
になります。
この2派がインドにおける大乗仏教。

そもそもインドでは、紀元前後より「大乗仏教」とカテゴライズされる仏教が勃興します。
数多くの経典も創作されます。

しかしながらインドにおける「大乗仏教」とは「中観派」と「瑜伽派」。
この2派だけです。
この2派が大乗仏教と称された主流派です。

で、「中観派」と「瑜伽派」は、実質的に原始仏教(部派仏教)と
そう変わりが無かったということですね。

ところが日本の仏教は「中観派」「瑜伽派」ではありません。
主流ではありません。

日本では、インドでは主流でなかった
 ・法華経
 ・浄土経
 ・禅(中国で誕生した仏教)
 ・密教
が盛んになります。
皮肉なことに、インドで主流だった原始仏教、中観派・瑜伽派大乗仏教は日本では主流にすらなりませんでした。

禅について~禅も変容されている:浮屠と菩提達磨との間は断絶している

しかしこう言いますと、「それじゃあ禅はどうなんだ?」と言われるかもしれません。
この禅も実は中国本土で変容されています。

元々、中国の禅は、南北朝(5~6世紀)の浮屠(ふと)がルーツになります。
浮屠は「戒・定・慧」の三学を修したインドの原始仏教系の禅僧でした。

ところがこの流れを変えたのが5~6世紀に登場した「菩提達磨(ぼだいだるま)」。
で、菩提達磨が伝えた?とおぼしき中国禅は、原始仏教における「乾観行者」の方法です。

乾観行者の方法は智慧だけで悟る特別なアプローチです。
智慧に勝れた人にふさわしい悟り方だったりします。

しかし乾観行者の方法は原始仏教では主流ではありません。
どこまでも智慧が勝れた人ができる方法だったりします。

だから禅では修行の方法も、功徳も善行も不要だと言うわけです。
なぜなら智慧一本で悟りにゆく特殊な方法だからです。

しかしこれがあたかも主流であるかのような誤解が、その後中国をはじめ日本にも広まってしまいます。
元より仏教の方法は三学「戒・定・慧」が主流になりますね。

中国天台の智顗(ちぎ)による五時八教説が日本仏教を混乱させた

あと日本仏教で問題になるのは、日本や中国では、1800年間のインド仏教史における教義の変化変遷を全部、仏陀が説い教えとして勘違いしてしまっている点です。これは中国天台の智顗(ちぎ)が分類した「五時八教説」です。

◎仏教の教えと瞑想~原始仏教の世界
http://www.bukkyouoshie.com/

皮肉なことに天台智顗(ちぎ)は五時八教説の中で、異端仏教である法華経を最上としてしまいました。
だから日本では、インドでは亜流だった法華経や浄土経などが盛んになってしまったわけですね。
なんとも悲しい日本の仏教の歴史です。

このように、お釈迦さまがお説きになった仏教とは異なる亜流の仏教が
日本では主流となってしまっています。

日本は大乗仏教といわれています。
天台宗、密教、禅宗、浄土宗、日蓮宗のすべては大乗仏教、大乗仏教に由来するといわれています。

しかし、これらのすべてがインドでは異端かつ非主流派だった仏教だったりします。
「中観派」と「瑜伽派」を正統に受け継いだ教えではありません。

インドでは主流だった原始仏教と中観派・瑜伽派仏教が日本では主流にならなかった

日本には原始仏教は伝承していません。
インドで主流だった大乗仏教(中観派・瑜伽派)ですら日本にきちんと伝承されていません。
日本に伝承されて広まった仏教のほとんどは大乗仏教の中でも異端的な仏教だったりします。

このため日本では、仏教への理解が大変わかりにくくなっています。
わかりにくくなっているどころか、わけわからなくなっています。
専門家ですら、仏教とは何かがわからなくなってしまっています。

さらに悲劇なのは、仏教を「教え」「観念」として理解してしまい、
人間が本来持っている自然な感性、命の感覚を弱め、大変危険な宗教にしてしまっていることです。

そのためドグマが蔓延し、宗派対立を引き起こし、さんざんな歴史をたどってきています。
中でも中世における日本の仏教は悪辣すぎます。

これだけ仏教文化が浸透しているにもかかわらず、日本は仏教の後進国であり、
人間性や霊性、天の理を感じる自然か感性すらをも弱めてしまう魔道仏教となってしまいました。

こうした悲劇が起きたのも、原始仏教と、インドでは主流であった「中観派」「瑜伽派」の大乗仏教が
日本には伝承されなかったからです。

これらの複数の要因から大混乱を引き起こしてしまいました。
この混乱の歴史の末に今の日本の仏教があったりします。

ですので仏教を知り学ぶときは、こうしたややこしく、玉石混交した日本の仏教ではなく、
原始仏教をストレートに学ぶのがおすすめになると思います。

パーリ仏典はブッダの教えが唯一伝承されているお経?

で、原始仏教をほぼオリジナルの形で伝承しているのがミャンマーなどの「テーラワーダ仏教」といわれている「南方系仏教」だったりします。

テーラワーダ仏教では「パーリ経典」というお経を護持しています。
パーリ仏典は2500年前から伝承され続けています。
パーリ仏典、仏典の中で唯一「本物」に近い経典になります。

亡くなった後の世界や輪廻転生に関すること、あるいは涅槃に至るための修行法などは
パーリ仏典とその関連書に記されています。
実のところ「お経」というのは、パーリ仏典と漢訳の阿含経以外は創作されたものになります。

パーリ仏典でも正確に伝承されていない~加工された教えが伝承

もっとも厳密にいえば、パーリ仏典も創作されています。
というのも最初に書いた通りで、ブッダが亡くなった後、暗記しやすいようにポイントを「詩」にしているからです。

で、その「詩」を元に散文化してパーリ仏典を創作しています。
阿含経にいたっては「漢訳」されています。

ブッダの教えを「詩」にした時点で、大幅な加工が施されているわけですね。
で、この加工された「詩」を文章にしたのがパーリ仏典です。
二次加工されているわけなんですね。

たとえていえば、サバの缶詰を使って新たに料理を作ったようなものです。
で、この新しい料理こそが「パーリ仏典」です。

漢訳された阿含経にいたっては、サバの缶詰を使って新たに作った料理を、さらに調理して別の料理を作ったということになります。もうオリジナルではないんですね。

オリジナルのブッダの言葉は、現存していないというのが本当のことだったりします。
仏陀の言行に「最も近い」のが、「パーリ仏典」ということですね。
一応、これらががもっとも正確になるということだったりします。

パーリ仏典にはアストラル体・メンタル体といった分類は無い

あと原始仏教の聖典「パーリ仏典」といえども、輪廻転生のことや生命の構造については、必ずしも全てのことが伝承されていない印象も受けます。

たとえば神智学等やダスカロスが指摘する身体の三層構造は原始仏教にはありません。
具体的にいえば、肉体、アストラル体、メンタル体といった分類です。
原始仏教ではこうした三身の視点がありません。

また、気・プラーナといったことが明快に記されていません。
「おそらくこれは気・プラーナのことなんだろうな」といったことが記されている程度ですね。
しかも本当に気・プラーナのことなのか微妙な記述もあります。

これらは充分に伝承されていない点ではないかと推察します。
で、これらを補うことができるのが、ダスカロスや神智学における体験的な身体観だと思っています。

もっとも原始仏教が、身体の三身(肉体・アストラル体・メンタル体」について言及しなかったのは、言語化が困難だったのがあるかもしれません。またこれらを知らなくても「悟り・解脱に至ることができる」というのもあったとのかもしれません。

パーリ仏典は部派仏教「分別説部(セイロン上座部)」が伝承していた原始仏典

ちなみに「パーリ仏典」は、部派仏教の「分別説部(セイロン上座部)」が伝承していた三蔵になります。
部派仏教は、18~20部派あったと言われています。

で、三蔵(原始仏典)は部派仏教のそれぞれが保有していました。
つまり18~20の原始仏典が存在していたわけなんですね。

しかしながら現存する三蔵(原始仏典)のうち、
「完全な形で残っている」のが「パーリ仏典」ということになります。
そういうことだったりします。
なので「パーリ仏典」が唯一の原始仏典とするのは誤りです。

本当は18~20種類の三蔵(原始仏典)が存在していたわけなんですね。
しかもパーリ仏典は「分別説部(セイロン上座部)」が伝承していた原始仏典です。

漢訳になりますが「阿含経」は説一切有部、法蔵部、大衆部などで伝承されていた
原始仏典がミックスされています(混在してしまっている)。
ちなみに部派仏教では最大の勢力であり中心的だったのが「説一切有部」になります。
この「説一切有部」が有していた原始仏典が、漢訳といえども阿含経の中にあります。

「パーリ仏典」は「完全にそろっている」という点に資料的価値があったりもします。
しかし部派仏教においては決して主流ではありませんでした。

また「論蔵」に至っては、部派ごとに語彙や整理の仕方に違いがあります。
そもそも「論蔵」は経典の研究です。

ちなみに現存している論蔵のうち、
 ・分別説部の論蔵(パーリ論蔵)・・・七論
 ・説一切有部の論蔵(阿毘達磨発智論)・・・六足論
というように、両者は構成そのものが違っています。
言葉の定義も違っています。

日本では奈良時代に説一切有部「阿毘達磨発智論」が輸入されて
学問的に研究もされています。
実は日本には説一切有部の論蔵が奈良時代に伝承されて研究もされていたんですね。
原始仏典の論蔵は奈良時代に伝承していたということです。

必要最低限の教法が伝承された可能性がある

パーリ仏典には、このような歴史もありますが、結局、必要最低限のエッセンスや情報を「詩」にまとめて口承伝達し、それを文章にしたのが原始経典ですね。さらに原始仏典を元にして論書などが作られたのでしょう。

けれども、そうだからといってパーリ仏典などの原始仏典を誤りとするのは これまた短絡的です。
言葉足らずや表現が稚拙であったとしても、ブッダが説いた教法のアウトラインや概要はその通りでしょう。

四諦、八正道、縁起、三相、菩提分法、四禅、輪廻転生、六道、神通力といったことをお釈迦さまが説かれたことは真実です。

タイ国における原始仏教の改変と変容

ところで、近代になってタイでは「仏教の近代化」を図っています。
19世紀の半ばくらいから、ラーマ4世国王(モンクット親王)は「チャクリー改革」という仏教改革を推進しはじめます。

仏教教義とサンガの近代化という大改革だったりします。
西洋の哲学に対抗するために、仏教の近代化を図ったようです。

しかしながら、その仏教の近代化とは、輪廻転生、六道、神通力などを「迷信」として切り捨て、四禅(禅定)をほとんど否定して「念(サティ)」を主体とした仏教への改革だったりします。

かなり大胆な改変をしています。
改変というよりも暴挙といってもよいのではないかと思います。
西洋哲学に迎合して改変しすぎた感は否めません。
やがて20世紀の初頭1902年には「サンガ統制法」を敷きます。

このように、近代におけるテーラワーダ仏教の中には、タイのように変容してしまったものもあります。
こうした事実は知っておいたほうがよいかと思います。

しかしながら、歴史的にみれば、四禅、輪廻転生、六道、神通力も含んだのがお釈迦さまの仏教です。このことは間違いありませんね。

日本の仏教は再生が可能~仏教は変容の歴史故に善き変革も可能

以上の通りで、仏教史は複雑に変化・変容しています。

20世紀という近代においても、タイのように仏教は変革されています。
こうした歴史は知っておくほうがよろしいかと思います。

ちなみに仏教史をダイジェストで要約しますと、こちらのサイトがわかりやすいかと思います。

⇒仏教の教えと瞑想~原始仏教の世界
 

日本には、異端化した大乗仏教の一派が広まり、定着したことは、
驚くべきショッキングな話しに聞こえる人もいるかもしれません。

21世紀になってから、テーラワーダ仏教(スリランカのスマラサーラ長老)が、
日本へ本格的に入り込むようになっています。

こうした趨勢を受けて、日本の仏教は、葬式仏教であるとか、檀家制度に基づくビジネスであるとか、やれそれと批難され、否定され、「寺院消滅」という書まで出版され、もはや風前の灯火になってきています。


 

神道とも融合した日本の仏教はブッダ在世の仏教の性格に似ている

しかしながら、インドとは異なる「仏教」が広まったとはいえ、日本の仏教が飛鳥・奈良時代より浸透し、日本人の精神的なバックボーンになったことは否定できません。

日本には、古代神道(本当は「神道」というのは平安時代に作られた様式になります)があり、古代神道と仏教とは融合し、神仏習合といった独自の仏教にもなっています。

この独自の「神仏習合」仏教は、霊性にあふれ、社会と融和する性質を色濃くしています。
この豊かな霊性と社会との融和精神は、ブッダ在世の頃の原始仏教の性格に近いものを感じさせます。

ブッダ在世の頃は、天界の神々が比丘に近づき守護し、神々が身近な存在。
在家にも悟った者が多く、チッタ居士のように在家が出家比丘を指導することもあった。
これがブッダ在世の仏教。
神々も、在家も、出家者も、むつまじくフラットな関係。

こうした性格や性質は、神仏習合としての日本の仏教にもみられます。
日本の仏教は、決して頭ごなしに否定されるものではありません。
自然との調和、社会との融和を図り、ピラミッド構造を取らないフラットな平等意識を根底に宿した豊かな感性と霊性にあふれた宗教といえましょう。

自然天然な感性を宿した日本の仏教への可能性~まずは歴史の真実を受け入れる

こうした自然天然な感性は、仏教の真髄である「いまここ」「ありのまま」に近い感性や意識であり、見た目や文言としての教理は異なるにせよ、ブッダが説かれた仏教に近いエッセンスがあるのかもしれません。

もちろん宗派によっては、始祖による語録や選択経典を重視するイデオロギー偏重の宗派もありましょう。またこうした観念仏教が幅を利かせて、中世の頃は悪行三昧になったことも事実でしょう。

しかしながら総じていえば、日本の仏教は、自然天然の感性を大事にし、自然な叡智や智慧を重視する趨勢を根底に宿しています。

教義や観念から抜け出して、誰もが有している天然自然の天の理の感覚、自然な霊性の感覚を取り戻して、これを軸とした宗教に戻ることでしょう。

で、これこそが、神代の頃より磐座(いわくら)、神籬(ひもろぎ)、神奈備(かむなび)といった素朴に祀りながらも、そこに「サムシンググレート」を感じ続けた日本人の宗教感性であり、お釈迦さまが説かれた教えのエッセンスに通じるものだと思います。

誰もが内在している宇宙の意識。
宇宙の感覚。
このちっぽけな自分という感覚とは異なる大宇宙の意識こそが自分であり、存在であるという感覚。

これを取り戻し、この宇宙性の感覚に根ざして、日本仏教を再生することじゃないかと思います。

とはいえ仏教史を知ることで、変に原理主義になるのはこれまたナンセンスです。
歴史は歴史。
歴史的事実は事実。
これは、これ。
大事なことは表面的な装いではなく中身でしょう。

そもそもパーリ仏典にしろお経とは、宗教的体験を言語化したものです。
ならばまずは自らが、少なくとも自我の超越した宇宙性を体感体得することでしょう。

 

何を申し上げたいかといえば、情報があふれ、歴史の真実が明らかになってきてる今、日本の仏教も「足りないところ」は取り入れて、改めるところは改めて、中身を刷新し、再生する時期に来ているのではないかということです。

可能性はある。
元より融合融和がお家芸の日本です。
しかも信教の自由が憲法で保障されている。

信教の自由が認められている日本だからこそ再生が可能

日本は、タイやミャンマーとは違って「信教の自由」が認められています。
タイのように国家主導で仏教を改変(改悪)してしまうことも起き得ません。
その気になれば仏教をはじめとした宗教の刷新が自分達の手でできます。

これがタイやミャンマーなら不可能です。
重罪です。
国家が認めない教理の改変や構築は国賊扱いになります。

しかしながら、日本は違います。
自由です。
自由であるが故に、見た目の様式、文言の違いを超えて、本質に迫っていくこともできます。
そして、この自由な環境におけるダイナミックな革新が、日本仏教を再生させる道と可能性があるのではないかと思います。

苦言を呈すだけの時代から「再生への時代」へ。
日本の仏教は、再生し、新しいスタイルになっていく可能性があると思います。
そのためには、本当の歴史を知り、学ぶことから始まるのではないかと思います。

そして悟り・解脱の修行の要諦を取り入れることですね。
アドヴァイタやスピリチュアルで説かれている方法も参考にしていいでしょう。
情報社会ならではです。
時代や社会に柔軟に適合させ、融和融合が得意な日本なら、現代文明に適した現実的かつ自由闊達な仏教の創成も可能だと思います。

これができるのは日本しかありません。
そう、日本仏教には、チャンスと希望があります。
ピンチはチャンス。
今こそ活かされる「金言」でしょう。


参考文献
原始仏典[長部経典、中部経典、相応部経典、増支部経典]/編者:前田專學、中村元
原始仏教入門 釈尊の生涯と思想から/著者:水野弘元
インド仏教史(上)(下)/著者:平川彰
経典はいかに伝わったか 成立と流伝の歴史/著者:水野弘元
パーリ仏典入門 ブッダのことば/著者:片山一良
現代タイにおける仏教運動/著者:矢野秀武
寺院消滅 失われる「地方」と「宗教」/著者:鵜飼秀徳