奥ゆかしさは慈愛を生み出す~察しの文化の日本の美徳

奥ゆかしさ。

いつの頃からか忘れ去られた
言葉、観念かもしれません。

奥ゆかしさは、決して女性だけに向けた
美徳ではないんですね。

男性にも当てはまります。

奥ゆかしさは、日本の文化を象徴する
言葉でもありましょう。
 

日本文化を「察しの文化」ともいいます。

察する文化。

言語外の空気を読み、たおやかに、ゆるやかに、
ゆったりと対処する、そんな趣のある文化。
 

日本人は、気感に優れています。

奥ゆかしさは、そんな気感を根底に宿す、
察しの文化の日本ならではの美徳です。
 

しかし戦後のアメリカナイズされた
軽薄で鈍感な文化が蔓延。

このために、せっかくの感性が
失われたところがあると感じます。

察し、気感は、深みのある領域から生じます。

軽はずみな性質からは、生まれません。
 

軽薄はよろしくない。

騒がし過ぎるのもよろしくありません。

もっとゆったりとし、繊細な感性を重んじて、
静寂の中にも喜びを見いだすような。
 

宴会や祭りのノリも、時には結構。

しかし年中、こういう調子でいるのは問題でしょう。
 

プラス思考というのが広がるにつれて、
異常にハイテンションなノリの人が増えた感じがします。

プラス思考そのものは、素晴らしい教えです。

しかし、どこか屈折した形で広まっているところもあります。
 

やたらと感情を爆発させて、
騒がしいのが定着すると
人はだんだんと愚かになっていきます。

これは本当です。
 

「愛(慈愛)」が大切、と言われますが、
慈愛の感性は、繊細さと、察するところから生まれます。

落ちついていないと、慈愛は生じません。
慈愛の感性も分からなくなります。
 

がさつで、騒がしいところからは
決して、慈愛は生まれません。

もし、騒がしい中に慈愛を感じるなら、
それは単にハイテンションになっているだけです。
 

異常なハイテンションになれば、
節操を失いやすくなります。

繊細さから離れていきます。
 

日本文化が保っている「奥ゆかしさ」は
素晴らしい感性だったりします。

これを失わず、磨き上げていくことで、
高い精神性をも身につくと思います。
 

アメリカナイズされた考え方から
脱却することは良いことでしょう。

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