仏陀の瞑想を活かした悩み・執着・こだわりを減らす心の処理テクニック

悩みやこだわりはほとんどの人が持っている

「隣の芝生は青く見える」。
他人や、他のものが「良く見える(自分はダメだ)」とする
羨望と自己卑下が入り交じった心境を顕す慣用句ですね。

実際、「隣の芝生は青く見える」ものです。
これホント。

誰だって、いろんなことを抱えていると思います。
いえ、実際に聴いてみると大抵そうです。

何も心配が無いようにみえて、悠々自適かのようにみえて
「実は・・・」というのがあったりするケースも少なくないと思います。

ご本人に無くても、家族のこととか、将来のこととか。

お金持ちは、金持ちになればなるほど、「盗られないか」と
心配し、疑心暗鬼に陥り、人間不信に自滅することが多いように。

実のところ、どういう状況・環境であっても、
悩みが生じる人は生じます。
自分で作り出しているところがあったりします。
あるいは、深刻にしているとか。
 

仏教では、出家すると、托鉢に必要な「鉢(はち)」と「衣」などしか
所持できなくなります。

しかし、執着の強い人は、この鉢に施しを加えて、少し豪華な色形にしてみたり。
衣も加工してみたり。
「こだわり」を出してしまうといいます。
どこかに「こだわり」や「欲望」を出してしまうといいます。
質素な生活にもかかわらず。

悩みとは心の反すうを繰り返している状態

「悩み」も同じだったりします。
不憫な状態であると、悩みがちです。
では、恵まれた環境になれば悩みが減るかといえば、さにあらず。
何かに、どこかに、悩みのタネを見つけてしまいます。

結局、悩みにしても何にしても、
「心の反応の繰り返し」だったりします。
分かりやすくいいますと「心の癖」ですね。
環境はあまり関係なかったりする場合も少なくありません。

深刻に受け止めるか、受け止めないかも同じことで、
要は、「心の反応とこだわり」だったりします。

で、悩みとは、心の反すうを繰り返している状態なのですね。
心の反応を、延々と脳内で繰り返している状態です。
で、これを「執着」といっています。

もっともあまりにも環境が悪いと不快が多くなりますので、
環境が悪い場合は、改善を試みるのがおすすめです。
 

ですが結局、心がどう反応、繰り返すか。

「大変だ」と強く反応し、繰り返すのか。
それとも、
「まあ、なんとかなるでしょ」と軽くサラっと反応するのか。
あるいは、肯定的に反応するか。

この違いです。

そして、この「心の反応」を繰り返してしまうことを「執着」「とらわれている」といい、
仏陀は、この「とらわれこそが、不幸の原因と喝破します。

ですので、悩むというのは、何かの対象に
強くしがみつき続けている(執着している)状態で、
本質的には、「執着(とらわれ続けている)」ことが原因だったりします。

怒ったり、憎んだりすることが問題なのではなく、
怒りや憎しみが、延々と続いていくことが問題なわけですね。

だから、しがみついている力を、少し弱めて上げるか、
手放してしまえばいいわけです。

執着していることに気づきき見守ることでこだわりが減る

執着を弱めるためには、いくつか方法があります。
まず、悩んでいるときは、「自分が何らかのことに執着している」
ということに気がつくことが大切だったりします。

なぜなら、「執着していない」と気付いていないから、
堂々巡りの罠にはまり続けているからなんですね。

しかし「あ、執着している」という心が見えたならしめたものです。

「ああ、自分はこんなに苦しんでいるんだ、で、ここに執着しているんだ」
というのが見えたら、リラックスして、澄んだ自分の感じから、
その心とともに、やさしく自分を抱きしめて、自分をなぐさめてあげることですね。

自分自身に「いいこいいこ」してあげることです。
って、いい大人が、こういうことするのは恥ずかしい?

いえいえ、大人も子供も一緒です。
おんなじです。

「こんなに頑張っていた自分に、いい子いい子」してあげるわけです。
「こんなに頑張っていたんだねー、つらかったんだねー」と。
 

そうすると、スっと少し気が楽になります。
肩の力が抜けて、微笑むような感じになったらしめたものです。

そのまま、微笑んだ感じで、じばらく、自分を見守ってあげます。

涙が出てくるときもあるかもしれません。
でも、いいんです。
おもいっきり泣いてください。
 

ちなみに、自分の心を観るときに、
 ・リラックス
 ・澄んだ自分の感じ
 ・スーっとした感じ
になるのが大切ですね。
この感じから観ませんと、上記のような効果は得られにくくなります。
 

で、こうして、自分が強く握っていたもの、こだわっていたもの、
執着していたものをやさしく見守りながら、
そして自分を見守ることを、何度かやってみます。

布団に入っているときでもOK。
一人になっている時でもOK。

電車の中ではマズいかな^^;
涙しちゃうと、周囲の人が不思議がるかもしれませんからね。

適当な所で、自分を観察し、見守ってあげて、
抱きしめてあげることですね。

こだわっていたものへの力が弱くなっていくと、
次第に、心が軽くなることを体験します。

この体験が、次回、同じようなことが起きた時にも活かせます。

これは、仏陀の瞑想を活かした心の処理テクニックです。
自己ヒーリングにもなります。

これにプラス思考を加えると、より効果も期待できると思います。
お試しください。

胸の内にあるものをはき出してこだわりを減らす

執着を弱めるもう一つの方法は、
相手が絡んでいて、明らかに相手に「非」があるときです。

それは、「胸の内」を吐き出してしまうことです。
この方法はティク・ナット・ハン師が勧めています。

誰か相手が絡んでいる場合で、その相手に「非」がある場合、
素直に、その相手に「自分がつらい」と告げるのがいいといいます。

このとき、怒りとか、不満をぶつけてはなりません。
「事実」を告げるのがいいといいます。

そうして、その苦しみを、相手に理解して、
相手にも協力してもらうことだといいます。
 

なんだか、ご都合主義に聞こえるかもしれません。
また、みじめったらしいとか、恥ずかしいと思うかもしれません。

ですが、自分も生命の一つです。
その生命が、今苦しんでいるので、
もう一人の自分が、救済に入るということです。

相手も生命の一つで大切なら、
自分も生命の一つで大切な存在です。

自分という生命が苦しんでいるなら、
その自分を助けてあげることは必要なことになります。

これがスっとできるようになりますと、
また、できるなら、それだけ「自分へのこだわりが弱い」
証拠でもあったりします。

なぜなら、自分も他人と同じように大切な生命であると
理解できているからです。

他人(相手)を大切にするなら、
自分をも大切にします。

ここを理解できるかどうか。

習慣化した心のパターンは固定化する

ところで「心」は、習慣化された反応パターンを形成していきます。
これを仏教では、「有(う)」といっています。
固定化された心をいいます。

心は、いったん固定化されると、「心の癖」となっていきます。
これがポジティブなときは、「プラス思考」になっていきます。
ネガティブになると「マイナス思考」です。

これらは、プラス、マイナスがあっても、
習慣化された心の反応パターン(癖)となっています。

もしもネガティブなパターンが作られている場合は、
パターンの改善に時間がかかることもあります。

これは仕方がありません。
癖となっているものを直すには、
時間がかかることもあります。

しかし、継続して行っていくと、
やがて変化し、さらに続けていくと、自然になっていきます。

決して諦めずに、また嫌にならずに、
繰り返し、繰り返し行っていくことだと思います。

2014/01/30 17:57:40

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