悩みを自分で解決する方法

悩みを自分で解決する方法

悩みを自分で解決する方法があります。
それは以下の通りとなりますが、
まずダイジェストで要点を書きますと、

  1. 【事実】悩みはほとんどの人が持っている
  2. 【原因1】執着が悩みの原因
  3. 【原因2】心の反すうの繰り返しが悩みの原因
  4. 【原因3】認知の仕方と執着がセットが悩みの原因
  5. 【解決策】執着に気づき見守ること
  6. 【ポイント】大事な3つのポイント
  7. 【解決策】はき出す
  8. 【ポイント】自分も他人も同じ生命
  9. 【アドバイス】習慣化した心のパターンは固定化する

となります。

事実と原因を知って、適切なり解決方法を行うということですね。これらは仏陀の瞑想を活かした方法です。

悩み・執着・こだわりを減らす心の処理テクニックです。

ほとんどの人が悩みを持っているという事実

「隣の芝生は青く見える」。
他人や他のものが「良く見える(自分はダメだ)」とする羨望と自己卑下が入り交じった心境を顕す慣用句ですね。

実際「隣の芝生は青く見える」ものです。
これホント。

誰だっていろんな悩みを抱えています。
実際に聴いてみると大抵そうです。

何も心配が無いようにみえて、悠々自適かのようにみえて「実は・・・」というのがあったりするケースも少なくありません。

ご本人に悩みが無くても、家族のこととか将来のこととか。

お金持ちは、金持ちになればなるほど、「盗られないか」と心配し、疑心暗鬼に陥り、人間不信になって自滅することが多いといいます。

悩みが生じる原因は執着

実のところ、どういう状況・環境であっても悩みは生じます。自分で作り出している面があったりします。

仏教では出家すると、托鉢に必要な「鉢(はち)」と「衣」などしか所持できなくなります。

しかし、執着の強い人は、この鉢に施しを加えて、豪華な色形にしてしまうといいます。衣も加工してみたり。

結局「こだわり」を出してしまうといいます。
どこかに「こだわり」や「欲望」を出してしまうといいます。質素な生活にもかかわらず。

この「こだわり」「執着」が悩みを生み出します。

悩みとは心の反すうを繰り返している状態

一般的にいえば、不憫な状態であると悩みを抱えがちと考えられています。

しかし必ずしもそうではありません。

というのも、恵まれた環境になれば悩みが減るかといえば、そうではないからです。
恵まれていても、人によっては、何かに、どこかに、悩みのタネを見つけてしまいます。

結局、悩みとは、何らかのことに対する
「心の反応の繰り返し」だったりします。

分かりやすくいいますと「心の癖」ですね。
環境はあまり関係なかったりもします。
そういう場合も少なくありません。

深刻に受け止めるか、受け止めないかも同じことです。要は「心の反応とこだわり」だったりします。「認知の有り様」とも言えます。

で、悩みとは、心の反すうを繰り返している状態なのですね。心の反応を延々と脳内で繰り返している状態です。で、これを「執着」といっています。

もっとも、あまりにも環境が悪いと不快が多くなりますので、環境が悪い場合は、改善を試みるのがおすすめです。

認知の仕方と執着に悩みの原因がある

結局、心がどう反応を繰り返すか。
認知の仕方の問題です。

「大変だ」と強く反応し、繰り返すのか。
それとも「まあ、なんとかなるでしょ」と軽くサラっと反応するのか。
あるいは肯定的に反応するか。

この違いです。
認知の仕方の違いですね。

この「心の反応」を繰り返してしまうことを「執着」「とらわれている」といい、仏陀は「とらわれこそが、不幸の原因と喝破します。

悩むというのは、何かの対象に強くしがみつき続けている(執着している)状態です。

本質的には「執着(とらわれ続けている)」ことが原因だったりします。

怒ったり、憎んだりすることが問題なのではなく、怒りや憎しみが、延々と続いていくことが問題なわけですね。

だから、しがみついている力を少し弱めて上げるか、手放してしまえばいいわけです。

執着に気づき見守ることが大切

執着・こだわりを弱めるためには、いくつか方法があります。

まず悩んでいるときは「自分が何らかのことに執着している」ということに「気がつくこと」が大切だったりします。

なぜなら「執着していない」と気付いていないから、堂々巡りの悩みのループにはまり込み続けているからなんですね。

しかし「あ、執着している」という心が見えたならしめたものです。

まずは、これが第一歩。
気づくことです。

「ああ、自分はこんなに苦しんでいるんだ、で、ここに執着しているんだ」というのが見えたら、リラックスして、澄んだ感じになって、その心とともに、やさしく自分を抱きしめて、自分をなぐさめてあげることですね。

自分自身に「いいこいいこ」してあげることです。
って、いい大人が、こういうことするのは恥ずかしい?

いえいえ、大人も子供も一緒です。
おんなじです。

「こんなに頑張っていた自分に、いい子いい子」してあげるわけです。
「こんなに頑張っていたんだねー、つらかったんだねー」と。

そうすると、スっと少し気が楽になります。
肩の力が抜けて、微笑むような感じになったらしめたものです。

そのまま微笑んだ感じで、しばらく自分を見守ってあげます。

涙が出てくるときもあるかもしれません。
でも、いいんです。
おもいっきり泣いてください。

心を見守るときに大事な3つのポイント

ちなみに、自分の心を観るときに、大事な3つのポイントがあります。
それは、
 ・リラックス
 ・澄んだ自分の感じ
 ・スーっとした感じ
といった状態になることです。

これが大切なんですね。
この感じから心を観ませんと、上記のような効果は得られにくくなります。

で、こうして、自分が強く握っていたもの、こだわっていたもの、執着していたものに対して、やさしく見守ることを何度かやってみます。

布団に入っているときでもOK。
一人になっている時でもOK。

電車の中ではマズいかな^^;
涙しちゃうと、周囲の人が不思議がるかもしれませんからね。

適当な所で自分を観察し、見守ってあげて、抱きしめてあげることですね。

こだわっていたものへの力が弱くなっていくと、次第に心が軽くなることを体験します。

この体験が、次回、同じようなことが起きた時にも活かせます。

これは仏陀の瞑想を活かした心の処理テクニックです。自己ヒーリングにもなります。

これにプラス思考を加えると、より効果も期待できると思います。

お試しください。

胸の内にあるものをはき出して執着を減らす

執着を弱めるもう一つの方法があります。
それは相手が絡んでいて、明らかに相手に「非」があるときに使える方法です。

それは「胸の内」を吐き出してしまうことです。
この方法はティク・ナット・ハン師が勧めています。

誰か相手が絡んでいる場合で、その相手に「非」がある場合、その相手に対して素直に「自分がつらい」と告げるのがいいといいます。

このとき、怒りとか不満をぶつけてはなりません。「事実」を告げるのがいいといいます。

そうして、その苦しみを相手に理解して、相手にも協力してもらうことだといいます。

自分も他人も同じ生命なので自分も他人も尊い

なんだかご都合主義に聞こえるかもしれません。また、みじめったらしいとか、恥ずかしいと思うかもしれません。

ですが、自分も生命の一つです。
その生命が、今苦しんでいるので、
もう一人の自分が、救済に入るということです。

相手も生命の一つで大切なら、
自分も生命の一つで大切な存在です。

自分という生命が苦しんでいるなら、
その自分を助けてあげることは必要なことです。

これがスっとできるようになりますと、また、できるなら、それだけ「自分へのこだわりが弱い」証拠でもあったりします。

なぜなら、自分も他人と同じように大切な生命であると理解できているからです。

他人(相手)を大切にするなら、
自分をも大切にします。

ここを理解できるかどうか。

習慣化した心のパターンは固定化する

ところで「心」は、習慣化された反応パターンを形成していきます。

これを仏教では「有(う)」といっています。
固定化された心をいいます。

心は、いったん固定化されると、「心の癖」となっていきます。これがポジティブなときは、「プラス思考」になっていきます。ネガティブになると「マイナス思考」です。

これらは、プラス、マイナスがあっても、習慣化された心の反応パターン(癖)となっています。

もしもネガティブなパターンが作られている場合は、パターンの改善に時間がかかることもあります。

これは仕方がありません。
癖となっているものを直すには、
時間がかかることもあります。

しかし、継続して行っていくと、やがて変化し、さらに続けていくと、自然になっていきます。

決して諦めずに、また嫌にならずに、繰り返し、繰り返し行っていくことだと思います。

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