脱マネーのためにお金を稼ぐ~お金の仕組みを知り、常識に振り回されない

脱マネーな生き方は豊富な資産があってこそ実現可能

現代は、貨幣経済が浸透していますね。
しかし、「マネーの仕組み」を知ると、マネーの仕組みそのものに
問題があることも分かってきます。

ですので、「脱マネー」「お金に依存しない生き方」が理想になるわけですが、
しかし、こうした生き方ができる人はほとんどいないでしょう。
自給自足といっても、過酷な生き方になります。

そこで、「できるだけマネーに依存しない生き方」という、
折衷案といいますか、妥協点を
各人で見つけるようになると思います。
 

で、ハッキリ言ってしまいますと、余裕で生きて行ける資産があってこそ
「脱マネー」的な生き方ができると思いますね。

ですので、マネーの仕組みに問題があるとしても、
お金は必要になってきます。

残念ながら、マネーが無ければ、ほとんど生活は困難です。
「お金を稼ぐ」ことは必要になります。

ですから、「お金をいかにして上手に稼ぐか」ということを、
しっかりと追及していったほうがいいと思います。

企業に勤めるスタイルが確立したのは戦後のこと

ところで「お金を稼ぐ」スタイルで、日本で最も多いのは、
「企業に勤める」というスタイルでしょう。

ですが、明治の頃から戦前まで、農業が盛んなこともあって、
国民のほとんどが自営または個人事業主でした。
「企業に勤める」というのはごく少数派だったりします。

けれども、戦後、松下電器が、「終身雇用・年功序列・企業内組合」という、
労働環境の整備を実現します。
「サラリーマン三種の神器」ともいわれましたが、
松下さんは、「企業に勤める」ことが素晴らしいこととして提唱。
松下さんのお陰で?労働の価値観が大きくシフトしていったものです。

この話は、堺屋太一さんの「日本を創った12人」の松下幸之助の章に
わりと詳しく書いてありますね。

ですが、サラリーマンの福利厚生の充実などは、
これは高度成長が背景にあったからこそ実現できた
「幻想」だったという指摘は多いですね。

企業に勤めることが常識化し固定観念になっている

けれどもいったん根付いた価値観は、そう簡単に払拭できないものです。
「サラリーマン信仰」は根深く定着し、
「良い学校を出て、良い企業に勤める」
というステレオ観はほぼ完全に定着していきます。

現在でも、「学校を卒業すれば就職」というのが当たり前になっています。
企業に勤めることが常識化し固定観念になっています。

ですので、平成の今では、学校を卒業後、
就職できないと「ダメ」だと悲観して、
自殺するケースもあったりするのでしょうが・・・。

しかし命を絶つ前に、
もうちょっと歴史を学ぶとか、
お金に対する感性を養うとか、
もっと知っておいてはいかがでしょうか、
と提案もしたくなります。

学校ではお金の仕組みを教えないために無知になっている

残念なことに、学校では本当に役立つ「歴史」や
「お金の仕組み」を教えません。
世の中の「真実」を知らない人が多いのも仕方ありませんが。

そのため、お金に関して、無知になっている人が多かったりします。

そもそもお金を稼ぐ方法に、
「フロー型(日銭を稼ぐ)」と「ストック型(資産形成)」
があることすらも知らない方がいます。
 

結局、隠謀論ではありませんが、
現代教育は、上司の命令を聞くように育てる
一種の「洗脳」であることは否めません。

企業に就職することを前提とした「兵士」の育成が目的です。
現代教育の本質を見抜けば、学校の仕組みに
疑問を持つようになるのは当たり前ですね。
 

なので、10代の頃からネットを使いまくって、
自分で情報をガンガンに収集し自己の確立を進めていったほうが
絶対にいいと思っています。

極端なことを言えば、学校に行かなくてもいいと思いますね^^;
現在なら、ネット・図書館があれば、勉強は自分でできてしまいます。

ニートや引きこもりが新時代を切り開く可能性もある

ニートや引きこもりの中には、「世の中のおかさし」を敏感に感じ取って、
この「おかしい世の中」で、どう生きていっていいか分からず、
迷い悩んでいるケースもあるのではないかと。

もっといえば、ニートや引きこもりの中には、
正常な感性の持ち主も少なからずいて、新時代を切り開くのは、
こうした「現在の常識に染まらない人」から出てくると思っています。

こうしたことは、過去の歴史を見ても明らかです。
社会的弱者、奴隷が、その後、社会を担うことになっている
事例は数多くあります。

現代の底辺層(といっては悪いのですが)、ニートや引きこもりの中から、
新時代を切り開くものが出てきても、全くおかしくはありません。
といいますか、歴史の変遷のパターンに照らせば、その可能性は高い。

今では、こうした本も出ています。

発想の転換として、面白いとも思います。

常識には振り回されない生き方がおすすめ

「常識」というものは、その時代によって変わります。
「良識」は普遍性がありますが、「常識」は変わります。

常識は、いい加減なところがあるといいますか、
あんまり重視しなくても大丈夫ですね。
「良識」は重んじたほうがいいと思います。

しかも「常識」には、おかしなものもたくさんあります。
こういう変な常識など捨ててしまったほうがいいと思いますね。

現代の場合、お金の稼ぎ方を研究して、
好きなように生きていく道を探すことがおすすめだと思います。
で、これでいいと思いますね。

とにかく、この世の中で、生きていく術を持って、
後は、自分の目標なり生き方を確立することです。
お金に対する感覚は人によって違いますしね。
 

上記の「学校を卒業して就職」という価値観もそうですが、
世間の常識に照らした考え方に基づいて
「こうでなくっちゃダメ」というのは、捨て去ったほうがいいですね。

お金を稼ぐ方法にしても、サラリーマン以外もあるわけでして、
多くは自分で仕事をしたり、ご商売をしている方に多くなりますが、
「商売感覚」というセンスを必要としてきます。

お金を稼ぐことは大事なこと

ところで、世の中の真実を知ると、
中には商売感覚すらも「ダメだ!」といった具合に、
極端に言い出すこともままあります。

もっとも、「お金儲けが悪い」とする感覚は、ご自分で商売をしたり
個人事業主の経験の無い方に多く、親も自分もサラリーマンという、
企業勤めが「当たり前」の人に多い印象です。
実は、こうしたことも「洗脳」なんですけどね。

やっぱり、こう言ってはなんですが、
自営や個人で、「お金を稼ぐ」ということに日々晒されている方と、
サラリーマンとでは、お金に対する受け止め方が、
ハッキリいって違います。

戦後の日本人は、多くがサラリーマン気質になってしまっています。
ですから、「自分で稼ぐ」「お金儲け」という感覚には拒絶感もあったりして、
中には「絶対にダメ」みたいな反応を示すことがまま見られる印象です。

ですが、これがサラリーマンや勤めることを前提にした
意識(洗脳)だったりします。

「お金儲け」の否定は生きることの否定

「お金儲け」を完全に否定することは、
生きていくこと自体を否定するのと同じだと思います。
現実的な見地からいって。

これは芸術に「商売感覚を取り入れることもダメ」とかのケースも似ています。
まあ、確かに正論です。
芸術は、芸術であるのが理想です。

しかし、ルネッサンスの時代から、富豪のお抱え職人として生活費を稼ぎ、
その中から名作も出てきた事実もありますね。

ですので決して、お金儲けが悪いとは言えず、
むしろ、こういう仕組みを上手に利用しながらアートを実現するのが実際的で、
一石二鳥の発想なのだと思います。

お金儲けは必要であり欠かせない

私は、素直に、こういう現実的な対応や発想は「素晴らしい」と思います。
ですので、個人で、投資をしたり、株式や外為で上手にお金を稼いでいる人も
やっぱり同じように「いいんじゃないの」と思ったりします。

「マネーの仕組み」に問題があるとしても、
かといって、マネーをのものを否定した生活はできません。

ですからホント、お金儲けをやたらと否定したら、どうやって生きていくの^^;?
と、素朴に思ったりもします。
決して現実的ではないと思いますし。

この辺りのサジ加減といいますか、バランス感覚を培っていくこともまた
必要だと思いますね。
 

「お金儲け」の視点、発想は、現代では欠かせません。
お金儲けの上手い人を、全部が全部「ダメ」とかする見方はどうなのかと。

私など、上手にお金儲けをしている人を見ると「うーむ」と唸ります^^;
やっぱり、お金は欠かせませんしね。

お金は、必要悪と思います。
できれば貨幣経済から脱却したい。

貨幣経済から脱却するための本田健さんの教え

で、貨幣経済から脱却するために、お金儲けをすという考え方もあって、
こうした考え方は、非常に現実的かな、と思ったりもします。

お金に対する感覚は、本田健さんの本が、入門書としてはいいかもしれません。

本田健さんは、「お金を好きになりなさい」と提唱していますが、
お金を愛することは別にどうでもいいと思います。

生来的にいえば、「お金が汚い」と感じる方のほうが多いでしょうし、
それが正常でしょう。

ただ、お金を嫌悪していると、生きにくくなるため、
その価値観を変えてみると良いのではないかと。
そういう視点からいえば、本田健さんはいいですね。