ジムノペディ 第1番/エリック・サティの名曲~雨のイメージと破壊と創造

ジムノペディ 第1番はエリック・サティの名曲

エリック・サティ作曲の「ジムノペディ 第1番」。誰もが聞いたことのあるピノ曲ですね。

ジムノペディ 第1番 Gymnopédies No.1

演奏:pianomaedafulさん

これです。淡々としたピアノ曲。朴訥としたフレーズの繰り返しであり、どこか寂しげ。しかして、どこかエレガント。

どこか物憂げでありながらも、根底にはヒタヒタとエネルギが流れているような響きです。

そう「破壊と創造のエネルギー」を宿すかのようなシバ神の如きた名曲です。

ジムノペディ 第1番は雨のイメージもある

そんな「ジムノペディ 第1番」。日向敏文さんの作品にも連なる雰囲気があります。

「ジムノペディ 第1番」が、くすんだ漢字や「曇り日」を連想するのは、室内ミュージックの色合いが強いのも関係しているかもしれません。

ポツ、ポツ、ポツとした音の並び。まるで「雨だれ」が、窓を伝わってしたたり落ちる様にも映ります。

ジムノペディ 第1番はゆっくりめのスピードがいい

ジムノペディ 第1番には、いくつかの演奏もあります。よさげな演奏もあります。

ゆっくりめのスピード。ピアノの音も、こもりがち。

速い演奏はちょっといただけない。粒立ちがはっきりした音もよろしくない。

そんな嗜好がはっきりするのも、「ジムノペディ 第1番」。エリック・サティの曲。

「ジムノペディ 第1番」のアルバムの数多いのですが、チェックしたところ、こちらがベストかもしれません。

作曲家エリック・サティ

エリック・サティ。19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、フランスで活躍した音楽家。印象派にも影響を及ぼした隠れた天才だったりします。

印象派といえば、ドビュッシーやラヴェルが思い起こされます。が、実はエリック・サティが元祖だったという説もあるくらいです。

エリック・サティは、アカデミックな世界ではなく、大衆の中での音楽を好むところがあったようです。だから音楽の教科書では、扱いが小さいといいますか弱い。

しかし、その音楽性は「革命的」。調性破壊音楽の先駆けだったりします。

サティはアカデミックの世界ではなく、喫茶店や酒場で演奏することを好んだといいます。故に、変人であるとか、異端児とも言われたようですね。

そんなサティ。一種の「仙人」だったのではないかと思います。名声とか喝采といった世界ではなく、自由に生きていきたかった。

天才的な才能がありながらも、どこか匿名的。にもかかわらず、ドビュッシーやラヴェルのほか、当時の音楽家にかなりの影響を及ぼしています。

ジムノペディ 第1番の心象風景にデジャブ

なんとなく、そんなサティに思いを巡らしたりもする「涼しげな曇り空」の日。どことなくデジャブ。

今日は、一日、曇り空。
時々小雨が降ったり。

雨が降りそうな空模様なのですが、蒸さない。どこか涼しい。

この奇妙な空模様は一種のデジャブだったりします。とてもフラットな、独特な感じになります。

「なんだろう」。

こういう感慨が出てくると、じっとその心の出所を観続けます。

心は、エネルギーが常に変化し続けているもので、サンカーラという深い源泉から生じては消えていく性質があります。

その源泉を遡る。「これは、どこから出てくるのだろうか」。

 

そういえば、こうした「涼しげな曇り空」の日は、幼少の頃より、いつも同じような感慨になったものでした。デジャブ。

思うに、過去生と関連しているのではないかと。

心が生じる源泉を見つけ、ながめ続けていきますと、やがて思考が止まり、そのエネルギーから生じるビジョンが生じてきます。やがて、エネルギーの衰弱、消滅というのが起きて、「とらわれ」の源泉が、また一つ減っていくようにも思います。

「気づき」としてのサティ。「名曲」としてのサティ。同じサティでも、エリック・サティの「ジムノペディ 第1番」は、破壊と創造のエネルギーを宿した名曲ではないかと。

破壊と創造の「ジムノペディ 第1番」

新型コロナウイルスの感染が拡大していく中で、次に経済が揺らぎ、不安定となって、世の中が大きく変わり始めていくことでしょう。そんな集合意識が既に芽生えています。

これから世の中は根底からガラガラと音を立てて壊れ始め、並行して新しいものが様々な分野から出てくるんじゃないかと思います。「破壊と創造」。

滅びの前の静けさ。それを眼前とし、これから起こることを予感しているかのよう。

不謹慎ながら、なんともいえない面白さと、痛快さと、ワクワクさ。そんな思いも去来します。

「ジムノペディ 第1番」には、そんな今の空気感とマッチします。

破壊と創造。しかし素晴らしいタイミングにいると思いますね。私たちは「歴史の目撃者」という、貴重な機会に生きていると思います。新しい時代は、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

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