マハトマ・ガンジーは非暴力だったのか?

マハトマ・ガンジーは本当に非暴力なの?

マハトマ・ガンジー。
19世紀半ばから、インドはイギリスの植民地だったものの、20世紀の半ばにイギリスから独立し、「インド独立の父」と呼ばれている偉人ですね。マハトマ・ガンジーは、弁護士であり、宗教家であり、政治指導者。

ガンジーはハンストをして、イギリス植民地政策に反対し、独立運動を展開したことでも有名です。「非暴力」の人も言われています。

しかしガンジーの行動の本質は、決して「非暴力」ではないようにも映ります。相手の関心を引き寄せる「あてこすった」やり方ではないかと。

自分の「命」を秤にかけて、相手に「ぐうの音」を言わせな「攻撃と見せかけない攻撃」ではないかと。表向きは「非暴力」ですが、攻撃性を内包した攻撃の仕方にも映ります。ちょっとひねくれた見方かもしれませんが、そうではなく、厳密にいえば、ガンジーは内心に攻撃性を秘めてた仮面の平和主義。

怒りを宿した非暴力は本当に平和主義なのか?

もちろん政治的なパフォーマンスもあって、ハンストを行ったのでしょうね。しかし、そうした表面的な行動で「平和主義なんだ」とするのは、ややもすると短絡的ということですね。

で、マハトマ・ガンジーは、表面的には非暴力で平和主義です。理屈の上では、非暴力で平和主義です。

しかし本質は、「駄々をこねる子ども」とそう変わりがないようにも映ります。「これを買ってくれないとイヤ!」と駄々をこねてママを困られせる子どもと、そう変わりがないような。

しかも極端なハンストですし。
「買ってくれなきゃ、ポックン、絶対に動かないから(メラメラメラメラ)」。なんか似ているんですね、駄々っ子と。

こういうことを言うと、うがった見方であるとか、ひねくれた見方とか言われて、物議をかもしそうです。

ガンジーの行動は政治パフォーマンスだがインドを救った

もちろん、この当時のイギリスのやり方は、非道ですし、搾取も凄まじかった。また、こうした「あてこすった」反対行動は、政治や外交の世界では、メッセージ性の強い行動として、世間に共感や共鳴を生み出します。

そもそも、政治や外交の世界では、綺麗事よりも、結果が大事。インドも独立のために、マハトマ・ガンジーが平和主義者の一芝居打ったとしても、それは別段、問題にならないでしょう。問題にならないどころか、搾取され続けているインドの現状を打開打破する特効薬として効いたものです。

ガンジーの行動は、インドを救済する国策としての「政治的なパフォーマンス」という見方ができるわけですね。また、怒りを秘めたやり方しか、その当時はできなかったのかもしれません。

こうした「怒りの反動」からの行為やアピールはわかりやすいものです。共感共鳴を得やすく、国民意識の高揚とともに、溜飲を下げる効果も絶大だったりします。

表向きの行動よりも本心や動機が大切

しかしそうだからといって、マハトマ・ガンジーのやり方が、そのまま文字通り「非暴力」であるとか、「平和主義」として受け止めるのは、あまりにも短絡的ということですね。ここは、ここで、ちゃんと見極める必要があると思います。

実際、世間には、表向き平和活動に映りながら、その実はビジネス目的だったり、お金儲けという偽善的な活動も少なくありません。世間一般で考えられている「平和主義」の中には、その動機や心の奥に、攻撃性があったりして、単に「攻撃の裏返し」といった偽善であることも多かったりします。

社会的にみれば、全くやらないよりはいいのかもしれません。ですが、表面は平和主義でも、心の中は修羅であり憎悪に燃えているケースも多いわけです。

何故、これを指摘するのかといえば、表面的に良い子にしても、本心や動機が攻撃的だったり、詐欺的であるならば、必ず周囲に苦痛を巻き起こすからですね。これを見抜きませんと、振り込め詐欺のように人を騙すこともできてしまいます。

表向きは、平和主義や善人にみえても、その動機や心根がどうなのかってことですね。こうしたのは、きちんと見抜いていったほうがよいでしょう。

本当の平和主義とは相手にあてこすったりしない

ちなみに本当の平和主義とは、過激ではなく、もっとノーマルで穏やかなもの。相手にあてこすったりしません。内心に怒りや不純な動機を隠しながら、表面的には善い言動をするという、そんな嫌味な下心などなく、まさに「反撃しない」という純粋な姿勢。

そうそう、オムネク・オネクが語る言葉があります。

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金星人は反撃を仕掛けることはありません。
それは彼らの精神的信条に反するのです。
多くの存在達は、これを弱々しいとみなしていますが、
金星人はいかなるものでも破壊しません。
彼らは、裁くことも批判することもしないのです。
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この言葉は、とても深いものがあると感じます。

オムネク・オネクが本当なのかは別にして、これらを本当に実践し、習得している人達がいると思うと、心に染みてくるものがあります。徹底した「平和主義」でしょう。

中でも「反撃を仕掛けない」という姿勢。
ここは深いですし、的確です。

反撃をしない姿勢こそ真の平和主義

「平和主義」は、時として偏って実践もされます。といいますか、内心に攻撃性を秘めたまま平和主義の仮面をかぶるときがあります。

マハトマ・ガンジーは、これに該当しています。

しかしながら、繰り返しになりますが、現実では正論を通すことは難しいことも多々あります。特に国家レベルの舞台になりますと、ストレートな正論や善行は実現しにくいものです。むしろ個々人の生活の中に、善行や善意は多くみられると思いますね。

オムネク・オネクはさらりと「反撃しない」といっていますが、この言い回しに本当の平和主義のニュアンスが込められています。怒りの裏返しの平和主義とは、本質が異なります。

「反撃しない」という、一見すると「弱々しい」スタンスにこそ、真の平和主義ですし、魂としての進歩性があります。

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